荒井晴彦監督の最新作であり最高傑作との呼び声も高い『花腐し』。脚本、演出、演技、撮影、編集と全ての要素が完璧に絡み合い、豊潤な映画体験を提供してくれる。プロデュースを担当したのは、『百円の恋』(14)や『アンダードッグ』(20)を手掛けた東映ビデオの佐藤現プロデューサー。荒井監督とは初めてタッグを組んだ佐藤プロデューサーだが、真偽不明のとかくの噂がつきまとう荒井監督との仕事は如何なるものだったのか? 荒井監督との出会いから本作の製作過程まで、たっぷり話を伺った。
※本記事は物語の結末にも触れているため、気になる方は映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
『花腐し』あらすじ
斜陽の一途にあるピンク映画業界。栩谷(綾野剛)は監督だが、もう5年も映画を撮れていない。梅雨のある日、栩谷は大家から、とあるアパートの住人への立ち退き交渉を頼まれる。その男・伊関(柄本佑)は、かつてシナリオを書いていた。映画を夢見たふたりの男の人生は、ある女優・祥子(さとうほなみ)との奇縁によって交錯していく――。
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荒井さんにしか撮れない作品
Q:製作のきっかけは荒井監督が脚本を持ち込まれたことだそうですが、最初に脚本を読んだ印象はいかがでしたか?
佐藤:2019年の秋に脚本を送っていただきました。きっかけは違う作品の相談だったんです。元松竹の榎望プロデューサーから「荒井さんから相談がある」と言われ、荒井さんの脚本を他の監督が撮る企画についてご提案をいただきました。面白いホンでしたが、当時の自分では予算集めが難しい規模だったので、その作品についてはお断りしました。それで「まぁそれはわかったけど、一回飯でも食おうよ」と荒井さんに言われ、新宿2丁目の「bura」というバーで一緒に飲んだんです。
荒井さんはそのとき会ったのが初めてだと思っているかもしれませんが、実は以前にも何度かお会いしているんです。僕のプロデューサーとしての恩師は、セントラル・アーツ元社長で東映ビデオの副社長も務められた黒澤満さんで、若い頃黒澤さんに目をかけてもらって色々と企画を持って行くうちに、荒井さんに自分の企画を見てもらう機会があったんです。そのときは「これ映画になるか?」と、あまり良い感じでは言われなかったんですけどね(笑)。まぁそれで「bura」で色んな話をしたあとに、「こんなホンもあるんだけど」とポーンと送られて来たのが『花腐し』でした。
読んでみると、ものすごく切ないラブストーリーだったので、率直に映画にしてみたいなと思いました。脚本は設計図であって文学ではないといいつつも、荒井さんの脚本はト書きの一つ一つから文学性が漂ってくるような、まるで匂い立つような脚本になっている。そういうところも痺れましたね。これは、荒井さんの今までの監督作とは一線を画した、間口の広いロマンチックなラブストーリーなるぞと。
『花腐し』©2023「花腐し」製作委員会
その後、松浦寿輝さんの原作を読むと、脚本では原作の元になるエキスみたいなところだけを抽出して、かなり大胆に脚色されていたことがわかりました。荒井さんが生きて来た映画界や映画史、そこで生きて来た人々への鎮魂のようなものが込められている。これは荒井さんにしか書けないし、荒井さんにしか撮れない。
また、この脚本には中野太さんという荒井さんの弟子も連名で入っていて、言い方はクサいかもしれませんが、弟子から荒井さんへのラブレターのような想いも入っている。劇中に沢井誠二(奥田瑛二)という脚本家が出てくるのですが、この沢井は完全に荒井さんなんです。沢井が書いたシナリオ入門の写真は荒井さんになっているし(笑)、「沢井脚本の最初の行は全部そらで言える」というセリフも出てくる。『遠雷』(81)や『赫い髪の女』(79)、『新宿乱れ街 いくまで待って』(77)などの脚本の一節も出てきますしね。そういうところも脚本に深みを与えていいました。
Q:荒井さんは持ち込まれた時点で、ご自身で監督をされるつもりだったのですか。
佐藤:そうですね。「これを俺が撮ろうと思うんだけど」ということで送ってこられました。だからその前提で読んでいます。その前に紆余曲折があったのも聞きましたけどね。