清掃員役は、日本最高の俳優に
Q:それで受けてもらえることになったと。
高崎:ヴェンダースの返事は、まるで映画のワンシーンのようなシナリオの一部のような文章できました。快諾でした。そこからは怒涛で。12月末の返信から、5月にシナハンで来日、7月には僕がベルリンに行ってシナリオづくり、9月には撮影準備で再び来日、そして10月には撮影をしました。たった16日間であれだけのボリュームを撮れたのは、ドイツチームと日本チームが最高の形で融合したからに他なりません。最高のチームでした。12月に編集でベルリンにいき、2月にポスプロでベルリンにまた行って。そこで「カンヌに出品する」ことが決まり、5月にはカンヌ映画祭でみんなでタキシードを着てました。展開が早すぎますね。すべてが非常識だったとは思います。
映画の企画書を作りビジネスの設計をして、皆が納得してから作ったわけではなく、「何か作ろう!」から始まり、いろいろ進めているうちに映画になり、カンヌにまで行くことになった。最初からそこを考えていたわけじゃないので、今もまだこの映画、このプロジェクトのゴールがどこにあるのか自分でもわかっていません。真っ最中です。僕も柳井さんも何がゴールか分からず、とにかく一生懸命やってきた。商品としての映画をつくりビジネスとして成功させるという方法と、作品を生み出しそれをあとから商品化していくという映画ビジネスは根本がすこし違うように感じます。カンヌはそういう意味では、作品を商品に転換させるマーケットのように見えました。そこに行くには作品であることが大前提で、作品とは作家やアーティストの足跡だと思います。その流れにのれたのはヴィム・ヴェンダースという作家の特にヨーロッパで彼が築きあげてきた素晴らしい功績があってこそのことだと、一緒にカンヌに行ってあらためてそう思います。
『PERFECT DAYS』ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.
Q:役所さんはどのタイミングから入られたのでしょうか。
高崎:かなり最初の段階でお願いしました。トイレ清掃員を主人公にすれば、別々のトイレの短編をいくつか撮ったとしても、縦に繋げたらひとつの塊に見える。短編としてつくることになっても、そこで何年かかかっても、あとでもしかしたら映画にできるかもしれないと思いました。そういう意味でも清掃員が軸にいるというのはすごく良いアイデアだと思います。清掃員の目線で“東京”を見るのはとてもいいかもしれないとも思いました。そしたら柳井さんが「その清掃員を役所広司さんがやってくれたらいいですね。日本最高の俳優ですから」って言ったんです。最高だと思いました。実現できるかは別として。
役所さんにご相談にいった段階では、企画も脚本もありませんでした。「トイレ清掃員の役をお願いできますか」だけだと失礼だと思って、トイレ清掃を自分でまず体験しよう、すべてはそれからだと考えて。朝から晩まで実際にトイレ清掃を体験したんです。掃除の方について掃除してまわったのですが、やってみるとすごく大変で「毎日これをやっているのか…」と驚きました。そうやって掃除して回っていると、何だかその先生が悟りを開いた修行僧のような気がしてきた。その背中にとても大きな尊敬の念が湧いてきて。
その話を役所さんにしつつ、これからヴェンダースを口説くことをお伝えし、「ヴェンダースがやると言ったらやっていただけますか?」と。すると役所さんは、「トイレ清掃員の映画なんて、およそ映画会社に通る企画じゃない。それだけでも面白そうなのに、それをヴェンダースがやるんだったら断る俳優はいない」と。
役所さんは世界的にも知名度が高く、ヴェンダースも役所さんの出ている映画を何本も観ていて、役所さんのことがすごく好きだったんです。役所さんがトイレ清掃員役ということを考えているというのもレターには書いたんですが、とても喜んでいました。ヴェンダースが参加を即断した大きな理由ですね。