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終戦80年上映『この世界の片隅に』片渕須直監督 すずさんも担っていた“加害”とは【Director’s Interview Vol.505】

終戦80年上映『この世界の片隅に』片渕須直監督 すずさんも担っていた“加害”とは【Director’s Interview Vol.505】

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日常をどう捉えるか



Q:本作を拝見して「日常を描く」という手法がこれほどまでに雄弁なのかと驚いた記憶があります。


片渕:この映画を作るときの話ですが、日本国内で製作資金を集めるのに苦労していて、いっそフランス映画にしてしまったらどうだろうと、可能性を考えてみたこともありました。フランス人の友人にも、「日本の普通の若い女性が、戦時中にどんな生活をしていたか興味ある?」と聞いてみたりしました。その時は、「興味あります!」という返事がきた。その視点は誰にとっても興味を抱く部分だったんですね。戦争というものについて俯瞰する視点で考えなくても、ごくふつうの日常生活に寄り添った低い視点から戦時中という時代に自分たちが行ける。そういうふうにも思いました。


ただ、“日常”というのは、それをどう捉えるかの間口が大きい。戦時中のドラマなどでよくある、婦人会の人たちが怒鳴り込んでくるような、割と紋切り型というか、テーマ優先みたいな描き方だってあるだろう。でも、もっと違う、生々しい日常の捉え方だってあるはず、という気はしていました。当時書かれた日記というのは、生々しさという意味で大事です。勤労動員で呉工廠で働いていた男子中学生の日記には、「今日は柳が緑で」とか「何々の花が咲いて」とか「ツバメが飛んでる」とか、今の男子中学生とは違った世の中の見方をしていた。でも、それを読むと、たしかに我々の世界の延長上に彼らがいたのだという気がする。逆に言うと、彼らから見ても我々はその延長上に住んでいるわけなんですが。


呉の隣町・広町からは松山の空襲が見えたそうです。見ている人が何を思ったかというと、「戦前はこの近くの遊園地で花火大会をやったものだったが」ということだったといいます。遠くに火が降っている状況を見て、ふと蘇ってくる日常の光景。でも、ここで取り戻すのか、と。それは実は、そうしたいろんな日常と切り離すことができないまま、戦争中の日々を生きていたということなのかもしれません。平和な日々の日常と、戦時の出来事は、当事者たちの中には両方存在したままだった。そうしたことを、日記などの記述から改めて思い知らされたりもしたんです。本当に大事にした方がいいのは、戦時中に書かれた日記をたくさん集めてアーカイブや全集にするなりして、皆が読めるようにすることなのではないかと思ったりします。



終戦80年上映『この世界の片隅に』© 2019 こうの史代・コアミックス / 「この世界の片隅に」製作委員会


Q:冒頭でクリスマスのサンタクロースが出るシーンは、我々が生きている世界と何ら変わらない日常がそこにあったのだなと、衝撃を受けました。


片渕:あの場面は昭和8年末だから、まだ戦争状態には入っていない時期で、クリスマスなどごく当たり前なことでした。その後、中国と戦争を始めてしまい、世界から経済制裁を受けてしまって、それに対抗するようにアメリカ、イギリス、オランダなどと戦争する道を辿ってゆく。昭和8年ではまだ、「鬼畜米英」なんかではないわけです。昭和11年12月までは、霞が関の日本の海軍省は、日比谷のホテルでクリスマスパーティーをやっているんです。大きなケーキを用意して。海軍って外国まで行く人たちですから、当たり前なことだったのかもしれません。それから、まるでカードを次々裏返すみたいにバタバタと世の中が変わっていく。ミッキーマウスだって、どれだけかもてはやされていたのに、「敵性」のものとされるようになってゆく。


ちなみに、当時のドイツの国民はコカ・コーラが大好きだったのですが、1941年にアメリカと戦争状態に入ると、コカ・コーラの原液の輸入が止まってしまった。そこで開発されたのがファンタ。最初のファンタはドイツの戦時代用コーラだったんです。ドイツ人もミッキーマウス大好きだったし、どこまでもコーラが飲みたかった。スィングも聞きたかった。戦争映画からはうかがいしれないことに、当時のドイツの人たちって本当にアメリカナイズされてたんです。日本にもそうした気分は入っていました。なのに、どこかの時点から「鬼畜米英」などと言い出したわけです。





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