貧困から闇ビジネスの世界に沈んでいく若者たち。現代の日本では珍しくない光景。映画『愚か者の身分』は、クライムサスペンスの装いを纏いながら、そんな若者たちに少しずつ寄り添っていく。第二回大藪春彦新人賞を受賞した西尾潤の同名小説を映画化したのは、永田琴監督。監督自ら企画を立ち上げた本作は、撮りたいテーマを内包した原作との出会いから始まった。
永田監督はいかにして『愚か者の身分』を作り上げたのか。話を伺った。
『愚か者の身分』あらすじ
SNSで女性を装い、言葉巧みに身寄りのない男性たち相手に個人情報を引き出し、戸籍売買を日々行うタクヤ(北村匠海)とマモル(林裕太)。彼らは劣悪な環境で育ち、気が付けば闇バイトを行う組織の手先になっていた。闇ビジネスに手を染めているとはいえ、時にはバカ騒ぎもする二人は、ごく普通の若者であり、いつも一緒だった。タクヤは、闇ビジネスの世界に入るきっかけとなった兄貴的存在の梶谷(綾野剛)の手を借り、マモルと共にこの世界から抜け出そうとするが──。
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やりたいテーマが詰まっていた原作
Q:本作の企画は永田監督自らプロデューサーに提案されたそうですが、原作のどこに惹かれたのでしょうか。
永田:コロナ禍あたりから若者の貧困に興味を持つようになりました。居場所が無くなってトー横に来る若者が現れ、闇バイトや半グレに加わる若者も増えてきた。どうしてこんな現象が起こるのかなと、初めはただの興味だったんです。そこから若者の貧困や犯罪について調べていくうちに、「これは映画にできるかもしれない」と自分の中で徐々に変わっていきました。
これまで撮ってきた映画では社会問題をメインで扱ったことはなく、どちらかと言うと、女性の物語など自分の中から生まれるものを題材にしていました。今回のテーマは“貧困や犯罪”、自分で脚本を書いても説教くさくなってしまうと、皆が観てくれるような映画にはならない。身近な人たちのネガティブな感想も頭をよぎりました。これまで監督した映画は、そこまで興行成績がよかったわけではなく、次にヒットを出すことができなければ、自分のキャリアも失いかねない。そんなことを冷静に考えると、このテーマにあった原作を探す必要があるなと。そんな中で出会ったのが、西尾潤さんが書かれた「愚か者の身分」でした。
若者の貧困や犯罪などのテーマはもちろん、物語のパズルが組み上がっていく構成やクライム感、私が絶対考えつかない残虐なシーンなど、自分で脚本を書いても表現できないものが詰まっていました。ぜひこの原作の力を借りたい。それがきっかけでした。

『愚か者の身分』©2025映画「愚か者の身分」製作委員会
Q:監督にとってこれが勝負の作品になっていたと。
永田:監督としてもいい歳になったし「これでうまくいかなかったら次はない!」、「絶対成功させなければ!」という思いで、集中して挑みました。自分が興味を持ったテーマを発信するという意味では、作家性も強く問われますから。
Q:原作者の西尾潤さんはもともとお知り合いだったのですね。
永田:西尾さんはヘアメイクをやっていて以前から知り合いでした。原作を元に企画させてもらう旨を伝えたら、すごく喜んでくれました。ただ、うまくいくかどうかわからなかったので、その後の出版社とのやりとりなどは特に報告せず、次に話したのは映画化が決まり北村匠海さんの出演も決まるくらいの頃でした。出演者含めて急に豪華なステージに登ったので、「嘘でしょ?」ってびっくりしていましたね(笑)。