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『Love Letter』岩井俊二監督×『東京日和』竹中直人監督 90年代、日本映画、そして中山美穂【Director’s Interview Vol.530】

『Love Letter』岩井俊二監督×『東京日和』竹中直人監督 90年代、日本映画、そして中山美穂【Director’s Interview Vol.530】

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中山美穂という女優



Q:撮影前の読合せや実際の現場など、中山美穂さんへの演出はいかがでしたか。


竹中:『東京日和』は岩松了さんに脚本を書いてもらおうと決めていました。脚本を書くにあたり、岩松さんと一緒に美穂ちゃんに会いに行きました。お茶を飲みながら美穂ちゃんの過去の思い出などを取材したんです。美穂ちゃんが子供の頃、家の近所の公園にピアノの形をした大きな石があって、それをピアノに見立ててよく弾くまねをしていたというお話しを聞かせてくれました。それを脚本に取り入れました。現場ではディスカッションすることはなかったな。ぼくはディスカッションって大嫌いですから。本読みは一度だけやりました。中山さんならではの声のトーンがとても良く、撮影初日からすでに陽子としての佇まいが素晴らしかったです。


岩井:僕は普段からディスカッションみたいものはあんまり無くて、実際にお芝居をやってもらって、そこで何かあれば言うくらい。役者さんと役の中身について話をすることはそんなにはありません。美穂ちゃんには藤井樹と渡辺博子という二つの役をやってもらったのですが、二つのキャラクターは人格が別。役を行ったり来たりすると大変だから、撮影はきれいに分かれていたんです。前半に藤井樹、後半は渡辺博子と分けて撮影していると、美穂ちゃんが前半の終わり頃に「今やっている藤井樹は自分のキャラに合っているからわかるけれど、これから先の渡辺博子はちょっと自分ではわかんなくて…」と言うんです。僕からすると、「普段のあなた通りやれば後半も大丈夫」と思っていたのですが、美穂ちゃんから「自分はそっち(博子)じゃないと思ってる」と言われてしまって…。こっちとしては「素でいいですよ」って感じだったのが、本人はそれを素だと思っていないという。これはなんて言ったらいいんだろうと、非常に困った覚えがあります。でも後半の初日に演技を見て、全然申し分なかったので「あぁ良かった」と。ただ、本人はそれを素でやっている意識は無かったと思うので、どれほどの回り道をしていつも自分ぽい雰囲気を出しているんだろうと。そう考えると、彼女自身が持っている深みや奥行きを感じて、すごく面白い女優さんだなと、そう思ったのを覚えていますね。


竹中:僕は、あるシーンの撮影で、美穂ちゃんにそっと近づいて「ここで泣いてほしいんだけど」と伝えたんです。すると美穂ちゃんが、「そう言われると泣けなくなる」と…。その時は本当に監督として、最低な演出をしてしまった…と深く落ち込みましたね。夫婦役と言う事もあり、監督でもありますから、中山さんを毎日見つめ続けるわけです。撮影の38日間ほぼずっと一緒のシーンです。ただただ中山美穂を見つめていた。ただそれだけです。撮影の期間はとてもいいムードで進んだと思います。撮影の最終日は中山さんの方が先に撮影が終わり、ぼくひとりのシーンを3時間ほど撮影していたんですが、最終カットが終わると、なんと美穂ちゃんが撮影が終わるまで待っていてくれたんです!帰ったものだと思っていましたから、本当に驚きました。ものすごく嬉しかったです。「監督、お疲れ様でした」って満面の笑顔で花束を渡してくれました。



『東京日和 デジタルリマスター』©フジテレビジョン/バーニングプロダクション


映画が完成した初号試写では、美穂ちゃんと僕のスケジュールが合わず、別の日に美穂ちゃんだけの試写会があったんです。僕はとにかく美穂ちゃんがどう感じるのか心配で、心配で、撮影現場から「中山さんは?」と、試写に立ち会ったスタッフに何度も電話しました。するとスタッフが「中山さんが試写室から出て来ない」と言うんです。「え?なんで?」「試写室で泣いているみたいです。」「え?え?それは感動してくれたってことなんだろうか?」と色々考えていたのですが、その後美穂ちゃんから家に電話が掛かってきて「とてもいい映画でした。号泣しちゃいました」と。その声は今も耳に深く残っています。


Q:『Love Letter』での中山さんの感想はいかがでしたか。


岩井:手紙でメッセージを頂いたのですが、そこには「もう映画しかやりたくありません」と書いてありました。最初は「映画は苦手」と言っていたのに、終わったら「映画しかやりたくない」に変わっていて(笑)。すごく一途な人だなと。「また一緒にやろう」なんて言っていたのですが、なかなか実現できませんでした。でも本人は「映画しかやりたくない」となって、『東京日和』に出会ったわけで。『東京日和』を試写室で観ていた美穂ちゃんの事を思ったら、何だかじんわりしてきましたね。その映画を観ながら至福のときにいたんだろうなと。何というか、どこかそういうものがないと生きられないような、のっぴきならないところがある人。それでもなお生きていく強さもある。自分が「これだ」と思ったことをやれることに一番幸せを感じていたと思うので、『東京日和』に出てヨーコという役を演じて、本当に幸せだったんだろうなと。


竹中:でも順番で考えると、もし自分が『東京日和』を撮って、その後に岩井さんが『Love Letter』を撮っていたら、俺は怖くて絶対に観に行かなかったと思います。美穂ちゃん、次はどんな風になってるんだろうって、嫉妬心やいろんな思いが駆け巡って、怖くて絶対見に行けなかったんじゃないかな…。


岩井:『東京日和』が公開されたとき、僕の方にもそれに近い思いがあったのかもしれません。ちょっと観に行きづらいというか。うまくいってほしいと思いつつも、どういう気持ちで観たらいいんだろうと。


竹中:そうですよね。ものすごく胸が苦しくなる気がします…。




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