それぞれの戦いの先に掴む希望の光
Q:おふたりの作る映画の主人公たちはいつも苦しい立場に置かれますが、決して不幸な環境のままでは終わりません。『そして彼女たちは』でも、5人の少女たちの物語はそれぞれに希望ある未来を予感させます。どのようにしてこのラストを導いていったのでしょうか。
リュック:5人の少女たちのエピソードは、当初別々に書いていきました。彼女たちはそれぞれに違う問題を抱え孤独の中にいる。5つの孤独の物語が、映画の中で交差していくのです。
少女たちはみな、施設の人々の助けを借りながら自立の道を探しています。顔を知らない産みの母親に会いに行ったり、すでに家庭を築いている姉に助けを求めたり、手に職をつけようと学校に通ったりしながら、家庭内暴力や貧困という自らの家庭がもつ苦境を克服しようとする。もちろんこれはフィクションだから描けることだともいえます。実際には、家庭内暴力や貧困の問題は世代を超えて再生産されることが非常に多い。若くして母親になり、子供を育てることに苦労している少女たちを取材すると、実はその子の母親も、その母親もまた家庭内暴力や貧困に苦しんでいた、ということがよくあります。負の連鎖を断ち切るのはそう簡単なことではない。それが今の社会の現実です。
私たち観客は、こういう難しい状況にある少女たちに対し何もすることはできません。けれど映画を通して、彼女たちが必死に戦っている姿を目撃します。彼女たちが抱える問題はそれぞれに違うけれど、誰もがみな人生を愛し、なんとかこの環境から抜け出そうと戦い続けているのです。

『そして彼女たちは』ⓒLes Films du Fleuve - Archipel 35 - The Reunion - France 2 Cinéma - Be Tv & Orange - Proximus - RTBF (Télévision belge) / PhotoⓒChristine Plenus
Q:映画の終盤にとても素晴らしい瞬間が訪れますね。ある少女が娘をついに養子先に送るという場面です。彼女が娘のチャイルドシートのベルトを絞めようとした瞬間、赤ん坊が本当に嬉そうな笑顔を少女に向けて見せてくれます。あのときあの子が見せた笑顔、あれはいったいどうやって撮影したのでしょう? 母親役の俳優と子供との間に親密な関係が出来上がっていたためなのか、それとも奇跡のような何かが起きたのでしょうか。
リュック:奇跡ではありませんね(笑)。ふたりの間に本物の親子のような絆が生まれていたというわけでもないと思います。リハーサルと撮影では、その都度いろんな赤ん坊を相手にしていましたから。ただ、母親役を演じた俳優はこの赤ん坊と一番多く演じていたので、多少は慣れ親しんだ空気が出来ていたのかもしれません。
実は撮影当初、あの子はぐっすり眠っていたのですが、この状態で撮影をすればここには別の意味が生まれてしまうと気づきました。アリアンヌが寝ている娘を車に乗せて立ち去る、それではまるで彼女がこっそりと娘を手放そうとしているように見えてしまう。そこで私たちは、赤ん坊が目を覚ますのを待って撮影を始めました。そしてこの子を車のチャイルドシートに乗せたところ、彼女があのような反応を示してくれたのです。それが撮影現場で起きたことです。
もしかするとあの子は、「これで撮影が終わる、やっと家に帰れるんだ」と喜んでいたのかもしれません(笑)。あるいは母親役の彼女のことが大好きだったのか、養子先に行くのが嬉しくてしかたなかったのか。本当の理由は誰にもわかりません。あの赤ん坊役の子が成長しこの映画を見たとき、実の母親との最後の別れという場面でなぜ自分は笑ったんだろうと不思議に思うかもしれませんね。
奇跡とは言えませんが、この赤ん坊がまったくカメラの方を向かなかったことには驚かされました。赤ん坊や小さな子供はたいていカメラやマイクなどに興味を引かれてそちらを見てしまうものですが、あの子はずっと母親役の彼女を見つめていた。それは私たちにとっても驚きでした。
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監督/脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
兄のジャン=ピエールは1951年4月21日、弟のリュックは1954年3月10日にベルギーのリエージュ近郊で生まれる。リエージュは労働闘争が盛んな工業地帯だった。ジャン=ピエールは舞台演出家を目指し、ブリュッセルで演劇界、映画界で活躍していたアルマン・ガッティと出会う。その後、ふたりはガッティのもとで暮らし、芸術や政治の面で多大な影響を受け、映画製作を手伝う。原子力発電所で働いて得た資金で機材を買い、労働者階級の団地に住み込み、土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリー作品を74年から製作しはじめ、75年にドキュメンタリー製作会社「Derives」を設立する。78年に初のドキュメンタリー映画“Le Chant du Rossignol”を監督し、その後もレジスタンス活動、ゼネスト、ポーランド移民といった様々な題材のドキュメンタリー映画を撮りつづける。86年、ルネ・カリスキーの戯曲を脚色した初の長編劇映画「ファルシュ」を監督、ベルリン、カンヌなどの映画祭に出品される。92年に第2作「あなたを想う」を撮るが、会社側の圧力により、妥協だらけの満足のいかない作品となった。第3作『イゴールの約束』では決して妥協することのない環境で作品を製作し、カンヌ国際映画祭国際芸術映画評論連盟賞をはじめ、多くの賞を獲得し、世界中で絶賛された。第4作『ロゼッタ』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門初出品にしてパルムドール大賞と主演女優賞を受賞。本国ベルギーではこの作品をきっかけに「ロゼッタ法」と呼ばれる青少年のための法律が成立するほどの影響を与え、フランスでも100館あまりで上映され、大きな反響を呼んだ。第5作『息子のまなざし』で同映画祭主演男優賞とエキュメニック賞特別賞を受賞。第6作『ある子供』では史上5組目(註)の2度のカンヌ国際映画祭パルムドール大賞受賞者となる。第7作『ロルナの祈り』で同映画祭脚本賞、セシル・ドゥ・フランスを主演に迎えた第8作『少年と自転車』で同映画祭グランプリ。史上初の5作連続主要賞受賞の快挙を成し遂げた。第9作『サンドラの週末』では主演のマリオン・コティヤールがアカデミー賞®主演女優賞にノミネートされた他、世界中の映画賞で主演女優賞と外国語映画賞を総なめにした。アデル・エネルを主演に迎えた第10作『午後8時の訪問者』もカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品。第11作『その手に触れるまで』は同映画祭コンペティション部門にて監督賞を受賞。本受賞により、審査員賞以外の主要賞をすべて受賞した。そして、第12作『トリとロキタ』で同映画祭にて第75周年記念大賞を受賞。10作品連続でのカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品となった、初の群像劇という新境地に挑んだ『そして彼女たちは』は、第78回カンヌ国際映画祭で自身2度目となる脚本賞と、エキュメニカル審査員賞のW受賞を果たした。さらには第98回アカデミー賞Ⓡ国際長編映画賞ベルギー代表に選出され、その確かな手腕を改めて示した。近年では共同プロデューサー作品も多く、マリオン・コティヤールと出会った『君と歩く世界』の他、『ゴールデン・リバー』『プラネタリウム』『エリザのために』『ジュリーは沈黙したままで』などを手掛け『Playground/校庭』のローラ・ワンデル監督の次作「L’intérêt d’Adam」で製作も務める。
註)それまでに2度のパルムドール受賞者は、フランシス・F・コッポラ、ビレ・アウグスト、エミール・クストリッツァ、今村昌平だった。その後、12年にミヒャエル・ハネケ、16年にケン・ローチ、22年にリューベン・オストルンドが2度目の受賞を果たしている。
取材・文:月永理絵
映画ライター、編集者。『朝日新聞』『週刊文春』『週刊エコノミスト』などで映画評やコラムを連載中。ほか映画関連のインタビューや書籍・パンフレット編集など多数。著書に『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』(春陽堂書店)。
『そして彼女たちは』
全国絶賛公開中!配給:ビターズ・エンド
ⓒLes Films du Fleuve - Archipel 35 - The Reunion - France 2 Cinéma - Be Tv & Orange - Proximus - RTBF (Télévision belge)
Photo ©Christine Plenus