後半だけナレーションを使った理由
Q:テレビドキュメンタリーも長年手掛けられていますが、テレビと劇場映画で編集や構成に対する意識の違いはありますか。
二村:映画はナレーションを前提にしないところから始まるのと、尺が決まっていないので、ある程度柔軟な見せ方ができるということくらいでしょうか。でも、今回は後半にナレーションをつけました。
Q:前半は客観ナレーションがありませんが、後半で大久保医師の半生を追う場面には使われています。なぜナレーションを選んだのでしょうか。
二村:大久保さんの手記もあったので、それを引用することも考えました。ただそうすると、あまりにも大久保さんを擁護するように見えるかもしれないので、得策ではないと思ったんです。ある程度客観的な視点を保つためにもナレーションをつけました。

『京都ALS患者嘱託殺人事件』©『京都ALS患者嘱託殺人事件』製作委員会
Q:大久保医師の手記を朗読する方法もあったけれど、あえて避けたわけですね。
二村:彼の手記の内容が全て事実かどうかも疑いがありましたし、見え方として得策じゃないと思ったんです。様々な局面で彼がどういう風に考えていたのかを事細かく書いてあるんですが、確かめようもないですし、事件後に書いているものなので、信用性という意味でもなかなか難しいかなと。
Q:難しい問題ですが、二村監督は、大久保医師が「苦しんでいる林さんを助けたい」という気持ちから行動したと感じていますか。
二村:その要素は大きかったと思います。ただその前提として、彼の生活環境も大きく影響していたと思います。自分のクリニックに加えて家庭もうまくいっていなかったり、医者としての能力に限界も感じていた。そんな中で、「自分が役に立てる術としての林さん」という見方をしていたのかもしれない。自分の人生の中で林さんという人に出会って、ある種「ヒーローになれるんじゃないか」という自己満足感のようなものもあったと思うんです。少なくとも優生思想とか、人を殺したいという欲求があったから近づいたのではないというのは、結論としてあります。