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『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』永遠に“再発見”され続けて欲しい、北欧スウェーデンが生んだ思春期映画の史上屈指の名作

『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』永遠に“再発見”され続けて欲しい、北欧スウェーデンが生んだ思春期映画の史上屈指の名作

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1958年というスウェーデンの古き良き時代のトピック



 本作は主人公の少年イングマル(アントン・グランセリウス)のこんなモノローグからはじまる。


 「よく考えてみればぼくは運がよかった。たとえば(中略)宇宙を飛んだあのライカ犬。スプートニクに積まれて宇宙へ。心臓と脳には反応を調べるためのワイヤー。さぞいやだったろう。食べ物がなくなるまで地球を五ヶ月回って餓死した。ぼくはそれよりマシだ」


 この「宇宙を飛んだあのライカ犬」とは、1957年、ソ連の宇宙船スプートニク2号に乗せられた雌犬のこと。当時はソ連とアメリカの宇宙開発競争が白熱しはじめた頃で、スウェーデンの田舎町にもその騒動が(おそらく微妙な温度と距離感で)伝わっていたことがよくわかる。


 劇中ではもうひとつ、時代のトピックが提示されていて、それがサッカーのワールドカップ。スウェーデン代表は1958年、地元開催の同大会で準優勝を果たし、これが現在に至るまで同国チームのピークの成績である。つまり米ソの対立(冷戦)を尻目に、家庭にテレビが普及され始め、スウェーデンの国民がワールドカップの熱狂に湧いていた年――テロップなどで明記はされないのだが、この1958年(から翌59年)が『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』の時代設定であり、社会背景だ。



 ちなみに冒頭のモノローグは、レイダル・イェンソンの原作小説(1983年出版。木村由利子・訳で世界文化社から邦訳も刊行されている)だと後半の第六章に、内容的に相当する箇所があるのだが、これほど印象的なフレーズにはまとめられていない。この点だけ取っても、映画版がどれだけ見事な再構成で編まれたかを端的に示していると思う(共同脚本には原作者レイダル・イェンソンも参加している)。


 では、「ライカ犬よりマシ」だと自分を慰めている少年イングマルの生活は、いったいどんなものか? 兄のエリク(マンフレド・セルネル)は攻撃的で、イングマルはいつもイジメの標的にされている。パパは仕事ばかりでほとんど家に居ない。大好きなママ(アンキ・リデン)は病気を患い(結核のようだ)、寝たきりの生活を送っている。ガールフレンドのカエルちゃん(ヨハンナ・ウーデン)に誘われるまま遊んでいると、怪しい秘め事に及んでいると誤解されて彼女のお父さんに追っかけられる。


 結果的にイングマルの行くところはトラブルだらけ。ちょっと変わった神経症を持っており、コップを取ると手が震えてミルクをこぼしてしまう。さらにうっかり野外で火事を起こしたりも……。いまやイングマルには自分の居場所がない。拠り所は愛犬シッカンだけ。元気だった頃のママとふたりで佇む幼年期の甘い記憶がフラッシュバックで挿入され、あの日に戻りたい、という想いにすでに苛まれている。




 そんな折、いよいよママの病状が悪化し、イングマルは風変わりなグンネルおじさん(トーマス・フォン・プレムセン)の家に預けられることになる。実家での窮屈でミソッカスな肩身の狭さとは一転、この田舎での生活は開放感にあふれ、ちょっとしたユートピアだ。


 気ままに飄々と生きるグンネルおじさんは自分のものではない土地に秘密基地のような「あずまや」(東屋。庭に建てた小さなセカンドハウス)を勝手に作り、イングマルに奇妙なレコードを聴かせてくれる。家には優しいおばさんの他、イングマルに女性用下着カタログの文面を読んでもらうことを楽しみにしているおじいさん。村にはいつも屋根の上で修理を繰り返しているフランソンさんや、緑色の髪をした少年マンネ(ヤン=フィリップ・ホルストレーム)など愉快な仲間たち。グンネルおじさんが勤めるガラス工場にはベリット(イング=マリー・カールソン)というセクシーなお姉さんも。



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