産まれた時はみんな赤ちゃん
本作にはコーエン兄弟らしい「象徴」も数多く見られる。ハイの刑務所仲間ゲイルとエベルがトンネルから脱獄する場面。地面に空いた穴から「産まれる」ように這い出すと“産声”のような咆哮を上げる。その後、騒動を起こしたあげくラストで2人はその穴へ戻っていくのだが、その場面でハイにより「彼らは外に出るには早かったようだ。」と語られる。
通った後は文字通りペンペン草も生えない荒野にしてしまう巨大な体躯の賞金稼ぎ、レオナルド・スモールズ。その肩に「MAMA DIDNT LOVE ME(ママに愛されなかった)」と刺青をし、生まれて初めて履いた靴を肌身離さず持っている。「スモールズ」名前の由来はスタインベックの名作「二十日鼠と人間」で、可愛らしい動物をうっかり殺してしまう大男「レニー・スモール」であろう。幼児性がありつつも力が強くて抑制できない“地獄からの使者”として、「天使」だと褒めそやされる赤ちゃんを奪いに来るのである。
『赤ちゃん泥棒』(c)Photofest / Getty Images
そんなスモールズと対決するハメになるハイ。2人とも車のパーツメイカー、クレイスミス社のマスコット「Mr.ホースパワー」の刺青をしており、紆余曲折があったにせよ、2人が対決している時点では、双方とも「アリゾナ夫妻に赤ちゃんを返す」という同じ目的を持っている。
また、ハイは車に乗りながらオムツを拾いあげ、スモールズはバイクに乗りながら赤ちゃんを拾い上げる。ハイは赤ちゃんを盗みにアリゾナ家へ入った時に、ベッドの下に逃げた赤ちゃんを引っ張り出し、スモールズは車の下に逃げ込んだハイを同じ様に引っ張りだす。同じ目的を持ち、同じ動作をする2人は、しかし正反対なネガとポジのような関係性になっているのだ。