スター・チャイルド
本作では、コーエン兄弟が敬愛する映画作品や映画作家へのオマージュに溢れている。ハイがアリゾナ夫人のショックを夢想する場面。家の外から猛スピードで車の上をすべりハシゴを上がって夫人にズームしていくカメラワークは『死霊のはらわた』(81)で多用された擬似的なステディカム「シェイキイカム・カメラ」である。
そんな夢にうなされた直後、「悪い夢を見ていたみたい」とネイサンJrをあやすエドに、ハイが「子供も苦労するんだ(sometimes it's a hard world for small things)」と呟く。この台詞は、未亡人ばかり狙う連続殺人鬼と神経質症の母親に挟まれた子供が災難に会う映画『狩人の夜』(55)からの引用だ。
また、本作では特にスタンリー・キューブリックへの“愛”がいくつも込められている。まず、上記した「歓喜の歌」は『時計仕掛けのオレンジ』(71)へのオマージュであろう。ゲインとエヴェルが脱獄し、頭にポマードを塗りたくるガソリンスタンドのトイレのドアにはスプレーで「P.O.E」「E.O.P」とある。その隣には鏡に写った時に読めるよう反転した文字で「We aim to please. will you please aim?(英語での「おしっこをハズすな」的トイレの常套句)」とある。「P.O.E」「E.O.P」は『博士の異常な愛情』(64)に登場する爆撃機を呼び戻すコールサイン。隣の反転文字は『シャイニング』(80)の「REDRUM」だ。
『シャイニング』予告
さらに、本作ではカメラが実によく動く。警察から逃げるハイを追いかける場面や、スモールズから逃げるハイを後ろから追うカメラワークは『シャイニング』のダニーの後ろを追いかける場面に似ているし、広角レンズを使用した広く深い奥行きのある画面や、キューブリックの代名詞的な、左右対称の構図も度々登場する。
さて、キューブリックと「赤ちゃん」と言えば『2001年宇宙の旅』(68)だ。モノリスに触れたボーマン船長が人類の次の進化の姿となる「スターチャイルド」となり宇宙を漂う。『赤ちゃん泥棒』ラストでハイはアリゾナJrがアメリカンフットボールの“スター”プレイヤーとして活躍する姿を夢想し、多くの子供や孫と過ごしている場所を「ユタ州かな?」と独りつぶやく。
『2001年宇宙の旅』予告
劇中使用される「歓喜の歌」の歌詞「兄弟よ、この星空の上に聖なる父が住みたもうはず」を鑑みれば、「父」となったハイが住むのは「星:スター」である「アリゾナ」州の「上」に位置する「ユタ州」ということになる。
……というのは、いささか穿ち過ぎだろうか?
文: 侍功夫
本業デザイナー、兼業映画ライター。日本でのインド映画高揚に尽力中。
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