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『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』アカデミー賞主演男優賞と撮影賞へとつながる、ポール・トーマス・アンダーソンがフィルム撮影にこだわる理由
2019.12.02
監督のこだわりをかなえる
全てはダニエル次第である。撮影現場のポール・トーマス・アンダーソンは、役に没頭する俳優の動きを優先するため、リハーサルもあまり行わず、ハプニングも受け入れる柔軟性があったという。
となると、大変なのは、撮影照明部である。俳優がどう動こうともフォーカス(ピント)は合って当然、ライティングの調整もリアルタイムで追っかける必要が出てくる。これがセットでの撮影だと、カメラや照明の位置をいかようにでもコントロールでき準備がしやすくなるのだが、本物の場所いわゆるロケ撮影だと、天井や壁を外したりすることができないため、セッティングがさらに大変になってくる。
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(c)Photofest / Getty Images
また、ポール・トーマス・アンダーソンは、『マグノリア』(99)以降、アナモフィックレンズとスーパー35mmフィルムの組み合わせによって、シネマスコープサイズ、またはそれに準ずる横長サイズにこだわってきた。アナモフィックレンズとはフィルム面積を有効活用するために画を圧縮する特殊なレンズのことで、フレアという光のノイズや独特のボケなど、特殊ゆえに生じる要素が非常に魅力的に感じる、不思議な光学機材である。
しかも監督は新しいアナモフィックレンズの人工的なフレアが嫌いで、古いレンズしか使いたくないらしく、レンズデザイナー界のドンである、ダン・ササキ氏にレンズ選択で大変にお世話になっているようである。
撮影監督のロバート・エルスウィットは、監督の演出のこだわりと、ただでさえ扱いづらいレンズを使いこなし、ポール・トーマス・アンダーソンという稀代のストーリーテラーが求める唯一無二のルックを実現しているのである。