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『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』アカデミー賞主演男優賞と撮影賞へとつながる、ポール・トーマス・アンダーソンがフィルム撮影にこだわる理由

(c)Photofest / Getty Images

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』アカデミー賞主演男優賞と撮影賞へとつながる、ポール・トーマス・アンダーソンがフィルム撮影にこだわる理由

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受賞を競い合った『ノーカントリー』



 本作がアカデミー撮影賞で競い合った作品がある。コーエン兄弟監督の『ノーカントリー』(07)だ。両作共に地味で暗く、エンディングにわかりやすいカタルシスもなく、アメリカの広大な大地を舞台にした男たちの物語であることなど、作品のパッケージとしては似ている要素が多い。


 しかも相手の撮影監督は巨匠ロジャー・ディーキンスで、もう一作『ジェシー・ジェームズの暗殺』(07)の計2作が同時にノミネートされるという35年ぶりの快挙であったにもかかわらず、ディーキンスの受賞は叶わず、エルスウィットがオスカーを獲得した。何が違っていたのだろうか。


『ノーカントリー』予告


 一つには、本作が昔の物語であることだ。設定の説得力を持たせるためには光源設定が非常に大事であり、こだわって作った美術小道具も照明次第で本物らしく見えるかチープになるか、どちらにでもなってしまう危険性があるが、難しい設定の中、エルスウィットは高度な撮影技術によって、全編に渡って素晴らしい描写ができていたと感じられる。


 また、『ノーカントリー』が逃走劇であり、静かなアクションシーンによって緩急がかろうじて演出される作りに対し、本作は石油業で大成功するという、主人公ダニエル・プレインビューの途方もない野心が全てを牽引し、有無を言わせぬ圧力で2時間半をグイグイ引っ張って行く。ダニエルが困難になっても観客は感情移入できず、恐ろしいほどに一直線な主人公を見せつけられる。


 その過程において、どす黒いオイル、油田から立ち上る黒雲、荒野の漆黒の夜空、澄んだ空、土、砂などが時に重く、時に透明感を持ち、物語に絡んでくる。シンプルな構造だが緩急のダイナミズムを感じ、緊張感を持って2時間半を終えるのである。


 あるシーンでは、主人公ダニエルの人物造形に寄与した実在の石油王、Edward Donhenyが息子に送った豪邸でロケ撮影をしているが、その息子自身が妻の使用人に殺された場所でもあるという。


 実在感が生む説得力の追求が、役者と撮影スタッフによる優れたクリエーションを可能にし、アカデミー賞主演男優賞と撮影賞受賞に至ったのだ。


参考 

THE AMERICAN SOCIETY OF CINEMATOGRAPHERS



文:江口航治

映像プロデューサー。広告を主軸に、メディアにこだわらず幅広く活動中。カンヌはじめ国内外広告賞多数受賞し、深田晃司監督『海を駆ける』(18)やSXSWへのVR出展など、様々な制作経験を経たプロデューサーならではの視点で寄稿。「note」でも投稿中。



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