歴史に残る名演を披露したジャック・ニコルソンの凄さ
そんな脇役たちの役者魂が、ジャック・ニコルソンをいつもにも増して本気にさせた。表向きは飄々としながら、実を言うと人一倍、努力家な彼。宿泊先でも夜遅くまで部屋の明かりがついていたというし、数々のハイクオリティな即興演技は脚本に書いてない部分までしっかりと役を研究したからこそ得られた賜物だった。努力の跡を一切見せず、さもその場で思いついたように爆発的な力を発揮するところが彼の真の凄さなのだ。
中でも伝説的なシーンとして刻まれているのが、患者と看護師長のグループセラピーで「TVで大リーグのワールドシリーズ中継が見たい!」と主張する場面。ルイーズ・フレッチャー演じる看護師長から「ダメです」と禁じられた彼は、何も映っていないTVの前にひとり陣取り、イマジネーションをフル回転させながら空想の野球実況を大熱演してみせる。そうやって入院患者たちを熱狂の渦に巻き込んでいくのである。
『カッコーの巣の上で』(c)Getty Images
この時にも、脚本には詳しいことはほとんど書かれていなかったそうだが、彼の頭の中には時代設定となる1963年の試合内容が完全に頭に入っていたという。また、彼は決して自分一人が目立とうとするのではなく、常に周囲に気を配り、俳優たちに演技のボールを投げて各々から反応を引き出し、その相乗効果で一丸となってゴールへ向かおうとした。そういった才覚がここでも大きな一体感を生んだ。一連の「空想実況」シーンは素晴らしいアドリブがもっともっと長く続いたそうだが、フォアマン監督は編集で泣く泣くこれらを短くせざるをえなかったとか。
いずれにしてもこの場面は、どれだけ管理されても、人間のイマジネーションだけは縛れない。むしろどこまでも自由に羽ばたき得るものなのだという、大きなメッセージを突きつけるものとなった。受刑者という役どころながら、彼にしかできないパワフルなやり方で「真の人間らしさとは?」「求めるべき自由とは?」という命題を提示したジャック・ニコルソン。彼の存在は、本作が精神疾患の患者のみに限定されたものではなく、あらゆる生きとし生けるものにスポットを当てた「開かれた映画」であることを浮き彫りにしたのである。
この演技でニコルソンは、念願のアカデミー賞主演男優賞を受賞。いや、それだけではない。「自分だけでなく周囲をも輝かせる」という彼のやり方が身を結んだかのように、『カッコーの巣の上で』は主演男優賞のみならず、作品賞、監督賞、主演女優賞(看護師長役のフレッチャー)、脚色賞という主要5部門制覇を成し遂げた。この結果こそが先の命題に対する(1975年という)時代の答えだったとみていいだろう。
こうして本作は大きなセンセーションを巻き起こすと同時に、映画史にその名を刻む傑作として語り継がれることになったのである。
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
(c)Getty Images
『カッコーの巣の上で』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税
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