2020.01.04
ジャンルにとらわれないアプローチ
『この世界の片隅に』は一人の女性の暮らしを見つめたホームドラマだと思う。戦争という時代を生きざるを得なかった、あくまでも個人や家族の物語である。戦争を俯瞰し大局的に語るのではなく、市井の人々が直面する現実と、それでも生きていかなければならない人間の根源的な営みを描いている。戦争が悲惨で痛ましいものだと声高に訴えることなく、結果としてこんなにも戦争を痛感させるアプローチは今までにあまり無かったのではないだろうか。
一見、全く違うジャンルのように思えるハリウッド大作でも、アプローチが似ている作品はあるのではないだろうか。第二次世界大戦下の物語であるクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』(17)も各個人にフォーカスした構造を取っている。『ダンケルク』はIMAXカメラを用いた高解像度のリアルな映像で、必死に逃げるしかない戦場の様子をそのまま切り取った作品である。
『ダンケルク』予告
しかしそこで描いているのは『プライベート・ライアン』(98)のような戦場の地獄絵図ではなく、登場人物の直面している息も詰まりそうなサスペンスフルな状況だ。戦争になってしまった時に個人が直面するであろう状況を描いているだけに、目を背けるような残酷描写の類がなくても、「没入感」という手法を用いて感情移入を増幅させ、結果、戦争の痛ましさや恐ろしさを体感させているのである。
戦争という理不尽な暴力に対峙させられるのは結局我々「個」である。戦争という局面におけるそれぞれの「個」の状況にフォーカスし体感させることが、「戦争=非日常」という認識を超えて、強い感情移入の対象になってしまうのは当然かもしれない。それはたとえ作り手側が意識しなかったとしてもだ。
『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(c)2018こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
この時代のタイミングで『この世界の片隅に』『ダンケルク』という全く違うジャンルの映画が、潜在的に同じアプローチをとりつつ、多くの観客に感情移入させてしまったのは、ある意味象徴的であるような気がする。一人でも多くの人がこの素晴らしい作品に触れ、どっぷりと感情移入して、映画の持つ「力」を是非体感してみてほしい。
参考資料:『この世界の片隅に』劇場アニメ公式ガイドブック
文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』
2019年12月20日テアトル新宿・ユーロスペース他全国公開
(c)2018こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
公式サイト: ikutsumono-katasumini.jp