異国ハリウッドでも羽を伸ばし続けたクローネンバーグ
セス役のジェフ・ゴールドブラムと、ヴェロニカ役のジーナ・デイヴィスは、この映画に必要なすべてを兼ね備えていた。どちらも長身で、スクリーン上で発揮する存在感はとにかく強烈だった。何より、プライベートでも恋人同士だったので、カメラの前での化学反応も文句なし。ヌードになってのラブシーンも臆することはなかった。ただ、彼らがあまりにも仲が良いため、クローネンバーグはシーンによって、彼らを引き離しておく必要があったという。
そんな問題もクローネンバーグには小さなことだった。ハリウッド資本で作られたにもかかわらず、本作の撮影はコストのかからない自国カナダのスタジオで行なわれた。そのおかげで、撮影監督のマーク・アーウィンを筆頭に、これまでに何度も組んできた、気心の知れた優秀なスタッフとチームを結成できたのだ。
『ザ・フライ』(c)Getty Images
カメラの後にいるはずのクローネンバーグも役者として、その前に立つことになった。『シーバース』『ビデオドローム』(83)に続いての自作への出演だ。役柄は産婦人科のドクター。これには裏話がある。クローネンバーグの旧作を見た鬼才マーティン・スコセッシが、彼と面会したときのことだ。スコセッシはクローネンバーグの印象を、「ビバリーヒルズの整形外科のドクターのよう」と語った。そこから発想を得て、クローネンバーグはカメラの前で医療服をまとうことを決意する。
優秀なスタッフの中で、もっとも高評価されたのがクリス・ウェイラスとステファン・デュプイの特殊メイクアップだ。ハエと同化したセスの容姿は登場する度におぞましく変貌していく。皮膚を突き破るかのように突き出た剛毛、剥がれ落ちる爪、ただれゆく皮膚、そしてクライマックスでのこの世の生物と思えぬほどの変容。この変異の過程を緻密にビジュアル化した彼らはアカデミー賞メイクアップ賞を受賞する快挙を成し遂げた。