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『ミッドサマー』恐怖から“共感”への悪魔的誘導――自我を消し去るラブストーリー

『ミッドサマー』恐怖から“共感”への悪魔的誘導――自我を消し去るラブストーリー


ラブストーリー的な「感情の積み上げ」



 ここまで幾度か「『ミッドサマー』はラブストーリー」と書いてきたが、ラブストーリーにおいて必要不可欠なロジックとは、どういうものがあるだろう? 真っ先に浮かぶのは、「共感」だ。主人公の行動や思考と自分自身にリンクする部分を見つけたとき、ただのフィクションが観客にとって切実なものへと変化する。


 そうして、「わかる!」と同調したり、「それは違うよ!」と反論して、その一喜一憂が楽しさへと変わっていく。ラブストーリーの魅力の根幹にあるのは、自分自身のパーソナリティを登場人物にトレースする部分にあるだろう。


 そういった観点で『ミッドサマー』を分解してみたとき、共感を呼び起こすための「感情の積み上げ」が緻密に計算され、配置されていることに驚かされる。ここからは、序盤のダニーとクリスチャンの関係性を順を追ってみていこう。




 冒頭で、妹から自殺を仄めかすメッセージを受け取り、クリスチャンに電話しようかしまいか苦悩するダニー。この姿と友人への説明で、2人が「何でも共有しあえる」関係ではないことがビビッドに描かれる。


 次に、クリスチャンサイドの「言い分」が描かれ、友人たちは「重い女」であるダニーとの別れを勧めていること、クリスチャンもその気はあれどダニーが精神的に不安定なことからなかなか言い出せないことなどがわかってくる。その後、自制心に負けたダニーからの電話で「男だけの時間」は分断され、友人たちのイライラは募る。


 そして、パーティでダニーは「クリスチャンが自分に黙って友人たちとスウェーデンに旅行に行こうとしていた(しかも旅行期間はダニーの誕生日とバッティング)」ことを知って荒れる。揉めごとを嫌うクリスチャンは「じゃあ一緒に行こう(どうせ断るはず……)」と返すが、ダニーは「行く」と答える。そして、なし崩し的にダニーとクリスチャン、そして仲間たちはホルガへと向かう……。




 ホルガに着いた後も、「クリスチャンから別れを切り出されるのが怖い」ダニーと、「別れたい気持ちはあるものの、身内に不幸があったあとだから優しくしてあげたい」クリスチャンの思惑は割と平行線。ダニーの誕生日を忘れていたクリスチャン、クリスチャンに好意を向ける村の女性の登場といった“事件”が的確に配置され、しかも深刻度が徐々に強まっていく。


 そしてここもクレバーなやり口だが、序盤は「不安定で、重い女性」のようにネガティブな面が際立っていたダニーの印象と、「面倒な女性に振り回される彼氏」に見えていたクリスチャンのポジションが、物語が進むにつれて逆転していくのだ。その箇所は観る者によって違うだろうが、「誕生日を忘れていた」が大きな契機となっていることは間違いない。ここも、「共感」を巧みに利用した観客の心理誘導のテクニックだ。「天涯孤独になった恋人の誕生日を忘れているなんて、ひどい!」と思ってしまったが最後、観客はダニーの味方になってしまう。その“動き”に合わせるように、ホルガの村民たちの描かれ方が移行していく。



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