現代の童話作家、ギレルモ・デル・トロ
ギレルモ・デル・トロの少年時代は、今とさほど変わりはない。ゴシックホラーや特撮モノが大好きで、なにせ8ミリで短編を撮ったりするほどの、映画オタクだったそう。
少年時代のすべてをポップカルチャーにささげた監督は、故郷メキシコの大学を卒業後、渡米。『エクソシスト』(73)『アマデウス』(84)で知られる特殊メイク界の第一人者ディック・スミスに師事し、特殊メイクアップの世界でキャリアをスタートさせている。その後、メキシコに帰国した監督は、特殊メイク専門の制作会社ネクロピアを設立し、小粒ながらも数多くの映画やテレビ番組で活躍する。
脚本も務めた初の長編監督作『クロノス』(93)で本格デビューすると、その年のカンヌ国際映画祭批評家週間でグランプリに輝いた。この作品の成功で、ハリウッドから声がかかった監督は、アメリカ資本の次作『ミミック』(97)を製作。その後、メキシコとハリウッドを股にかけて順調にキャリアを築き上げている監督は、『パンズ・ラビリンス』での大成で、ある一定のレベルへと昇り詰めたと言っても、過言ではないはずだ。
『パンズ・ラビリンス』(c)Photofest / Getty Images
『パンズ・ラビリンス』の凄味は、童話的なファンタジーのドラマだけではない。悪趣味で奇怪なイマジネーションを、全く臆することなく具現化させ、魅惑の物語を成立させている点こそ、最も評価に値する部分といえよう。それらは『パンズ・ラビリンス』以前の監督作でも同様のことが言えるのだが、本作ではその表現手法にさらなる磨きがかかり、作家主義的な映画作りがより明確に示されている。それこそが、『パンズ・ラビリンス』の凄さであり、恐ろしさ、だ。
とにかく、ギレルモ・デル・トロのアタマの中には、少年時代の興味のすべてが今にも爆発しそうなくらいに圧縮されている。彼にとって、映画というのは、爆発寸前の興味を発露させる、ある種のキャンバスと言ってもいい。
子どものころから慣れ親しんだ童話(『パンズ・ラビリンス』では「不思議の国のアリス」や「オズの魔法使い」の成分が感じられる)をベースに、オリジナルの奇抜な解釈を付与させ、唯一無二の世界観を構築する。そうして、過酷を極める現実社会を幻想という名のベールで包み、ゴシック調のホラーを漂わせながら、このうえない多幸感を丁度よく演出する。これが現代の童話でなくて、なんであろうか。
『パンズ・ラビリンス』(c)Photofest / Getty Images
ギレルモ・デル・トロは、ルイス・キャロル(「不思議の国のアリス」)やライマン・フランク・バウム(「オズの魔法使い」)のような、童話作家のひとりとして数えたいものだ。