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『羊たちの沈黙』ジョディ・フォスターとジョナサン・デミが作り上げた、新たな女性像

(C)2014 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.

『羊たちの沈黙』ジョディ・フォスターとジョナサン・デミが作り上げた、新たな女性像

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ヒッチコックも意識したデミのミステリー演出



 ロジャー・コーマンと組んで、デミは『白昼の暴動』や『怒りの山河』(76)のようにB級アクションを作り、80年代は『サムシング・ワイルド』、『愛されちゃって、マフィア』のようにオフビートなコメディで評価された。音楽好きの監督ゆえ、彼の映画にはどこかはずむような明るさもあった。それゆえ、『羊たちの沈黙』以前のデミの作風を知っている人間には、『羊たちの沈黙』はむしろ異色作に思えた。


 「僕は予測できないものを持つ監督かもしれないね。次にどんなことに興味を持つのか、自分でもはっきり定義できない。これまでとは作風が異なる『羊たちの沈黙』を撮ってしまったようにね」(前述の“Film Comment”のインタビューより)


 この映画に俳優として出演しているロジャー・コーマンとデミとの対談映像(『クレイジー・ママ』のDVDに収録)を見ると、デミは『羊たちの沈黙』をA級予算で撮った“コーマン映画”と考えているようだ。コーマンは安っぽく、ゲテものっぽいホラー映画も量産しているが、シリアルキラーや狂気を漂わせた博士が登場する『羊たちの沈黙』もコーマンが60年代に量産したガラクタ映画の延長戦上にある、と考えているようだ。



『羊たちの沈黙』(C)2014 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.


 サスペンス映画という視点で考えると、デミはヒッチコック映画の作り方も意識して作ったようだ。劇中に登場する殺人鬼、バッファロー・ビルは実在した何人かの殺人鬼をミックスしたものになっているが、その中のひとりにエド・ゲインがいる。彼はヒッチコックの『サイコ』(60)のモデルになった人物でもあった。


 デミ自身はヒッチコックの大ファンだという。79年にはロイ・シャイダー主演の『Last Embrace』というミステリー映画を手がけているが、この映画はヒッチコックのいくつかの映画(『めまい』『サイコ』等)へのオマージュ的な作品になっている。


 この映画はデミのフィルモグラフィ中、最も評価が低い1本で、日本では劇場公開もされていないが、他の映画を見た後に見ると、デミのミステリー映画の原点としては興味深い。シャイダー演じる主人公は政府のエージェントだったが、最愛の妻が目の前で殺害された後は、精神を患い人間不信となっている。そこに謎めいた女性が登場して、彼の運命が狂い始める。最終的にはホロコーストやユダヤ人の問題も入っているが、この点は特に消化不良に終わっている。


『Last Embrace』予告


 デミ自身はこの映画に関して「ヒッチコック・タイプの映画なので、スタイルを盗めばいいと思っていたが、そのスタイルだけに飲まれてしまった」(前述の“What Goes Around Comes Around”より)と語っているが、逆にこの失敗からヒッチコックのスタイルを借りるだけではいけないと反省し、サスペンス映画のスタイルについて考え直した。この旧作では主人公が死へのトラウマを抱えているが、この点も『羊たちの沈黙』と共通している。


 デミは『羊たちの沈黙』の後、ジョン・フランケンハイマー監督の『影なき狙撃者』(62)のリメイクであるミステリー『クライシス・オブ・アメリカ』も撮っている。戦場での洗脳、記憶のすり替えという恐ろしいテーマが描かれ、デンゼル・ワシントン扮する軍人が戦場でのトラウマと向き合う。大統領選の裏側も描かれ、社会的なテーマも含まれている。


 デミのミステリーの系譜をたどってみると、パラノイア的な妄想、過去のトラウマ、潜在意識の中にある葛藤など、『羊たちの沈黙』との共通点も見える。そう、この映画はけっして、突然、生まれたわけではないのだ。


『クライシス・オブ・アメリカ』予告


 デミは2017年4月に残念ながら、この世を去ったが、ポール・トーマス・アンダーソンをはじめ、映画界にはデミの熱心な信奉者もいる(彼の『ファントム・スレッド』(17)はデミに捧げられている)。


 日本では劇場未公開作も多いせいか、全貌が見えにくい監督だが、実はいろいろな引き出しがあり、ドラマ、コメディ、ミステリー、コンサート映画、政治的なドキュメンタリーなど、芸域も広かった(そんな中では『フィラデルフィア』(93)もヒット作として知られる)


 日本では『羊たちの沈黙』の人気だけがひとり歩きしている印象もあるが、ファンのひとりとして、そのユニークな才能が改めて再評価される日が来ることを願ってやまない。



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



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『羊たちの沈黙』

ブルーレイ発売中 ¥1,905+税 

20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン

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