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『羊たちの沈黙』ジョディ・フォスターとジョナサン・デミが作り上げた、新たな女性像

(C)2014 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.

『羊たちの沈黙』ジョディ・フォスターとジョナサン・デミが作り上げた、新たな女性像

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新しい女性像を作り上げたジョディ・フォスター



 脚本家のテッド・タリ—をこの映画に起用したのは前述のジーン・ハックマンだった。彼が脚本を担当した『ぼくの美しい人だから』(90、主演スーザン・サランドン、ジェームズ・スペイダー)をハックマンが評価していたからだ。


 そんなタリ—のところにジョディ・フォスターから電話があり、「私にいい脚本があるはずよ」と言われたという。タリ—は彼女の起用に興味をひかれたが、デミ監督はまずはファイファーにオファーした。しかし、彼女はこの企画を断り、再び、フォスターが浮上。彼女が力強く歩いてくる姿を見て、デミは彼女をクラリス役に決めた。


 「僕が思うに、フォスターという人物が持っている知性を隠さなくてもいい役は、これが最初だった。それまでの彼女はどこか自分を隠さなくてはいけない役が多かった」


 デミはアメリカ版<ローリング・ストーン>誌(91年3月21日号)の中でフォスターに関してそう語っている。フォスター自身はこの映画で自分の役が犠牲者ではなく、救世主になれることを喜んだという。



『羊たちの沈黙』(C)2014 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.


 公開から26年後の2017年にBFIのイベントに出演した彼女はクラリスという役の魅力についてこう語っている。


 「この映画のおもしろいところは、窮地に立った女性を女性のヒロインが救い出そうとする点にあると思うの」


 おとぎ話の世界ではそれまで王子様がヒロインを救い出していたが、この映画ではタフな女性の捜査官が犯人に捕らえられた若い犠牲者を救い出そうとする。フォスター自身は映画のこうした側面にひかれたようだが、確かに製作当時としては斬新な設定だった。


 フォスターはこの捜査官役で2度目のアカデミー賞を手にしたが、彼女が最初にオスカー候補(助演女優賞)となったのは『タクシー・ドライバー』(76)の少女娼婦の役で、最後は主人公のタクシー・ドライバーによって救い出される。


 また、初めてオスカーの主演女優賞を獲得した『告発の行方』では酒場で集団レイプされる素行の悪い女性の役。思えば、どちらも犠牲者だった。しかし、『羊たちの沈黙』のクラリスはバッファロー・ビルと呼ばれるシリアルキラーの餌食になろうとしている女性たちの命を守ろうと奮闘する。


『告発の行方』予告


 強く、知的なヒロイン像だが、心の奥に深いトラウマも抱えている。警官だった父を幼い時に失くし、親戚の家にいた時は殺されていく小さな羊たちを救うことができなかった。そのことを後悔し、死の影におびえつつも、男性社会であるFBIの世界に乗り込もうとする。劇中では実習生という設定ゆえ、頭は切れるものの、どこか未熟さもある。そんな彼女が事件に向き合うことで、新鮮なスリルが生まれている。


 前述のようにデミ監督は女性たちを主人公にすることを好んできた。アウトサイダー的な自由なヒロインが登場することも多く、彼女たちは社会の堅苦しいルールを乗り越えることや自分のこだわりから解放されることを望んでいる。


 『羊たちの沈黙』の場合、クラリスは少女時代から死に対するトラウマを抱えながら生きてきた。そして、レクター博士との出会うことで彼女は初めて心の奥に秘めたダークな感情と向き合う。


 そんな彼女はバッファロー・ビルが抱えるダークな感情を理解し、彼の犠牲者となりかけている若い女性を救い出すことが重要だと考える。そうすることで自身のトラウマから解放されるかもしれない(思えば、デミの後期の代表作となった『レイチェルの結婚』でも、死に対するトラウマを抱えるヒロインが、自身のダークな感情と向き合う設定だった)。


 ヒロインの心の解放や成長をテーマにしている点は監督の別の作品群とも重なり、その描写に説得力があるし、何よりもジョディ・フォスターの起用が成功している(ハワード・ショアの印象的な音楽もヒロインの視点に立って作られているという)。


『タクシー・ドライバー』予告


 実はフォスター自身も大きなトラウマを抱えながら生きてきた。81年にレーガン大統領の暗殺未遂事件を起こしたジョン・ヒンクリーが逮捕されるという事件が起きたが、彼は『タクシー・ドライバー』を見て以来、フォスターのファンとなり、彼女の熱烈なストーカーとなった。そして、『タクシー・ドライバー』の主人公を模倣して、大統領の暗殺事件を決行した。


 そんな事件の犠牲者でもあったフォスターゆえ、クラリスの抱える死のトラウマに共感できたのではないだろうか。



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