(c) 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
『ラ・ラ・ランド』甘い愛、苦い現実、取捨と選択――儚き「夢追い人の彷徨」
ミュージカル映画の「定説」に反逆する「悲哀」
この「独りよがり」な視点は、ストーンとゴズリングの歌やダンス、演奏の部分でも徹底された。ゴズリングは1日2時間、週6日のレッスンを受けてピアニストを演じるうえでのリアリティを肉体に染み込ませていったそうだが、その反面、歌やダンスにおいては「完璧でない」ことが重要だったという。
ストーンの言葉を借りれば「ミアとセブは、あくまで“目指している”人だから」。ミュージカル映画としては欠点ともいえる“未成熟さ”を敢えて入れ込む演出は、2人のキャラクターに真実味を持たせるだけでなく、観客に対する親切心の排除=他者の排斥ももたらした。
『グレイテスト・ショーマン』のようなショーアップされたザッツエンタメな作品は、ある意味で観客という“他者”への意識に振り切った作品だ。しかし『ラ・ラ・ランド』では役者の肉体すらも己しか見ていない、という風にベクトルを定めることで、「彼らはまだ“本物”ではない」要素を強め、同時に「それでも選ばれなくてはならない」切望を掻き立てる。
『ラ・ラ・ランド』(c) 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
つまり、あえてパフォーマンスのレベルを下げることによって「選ばれて当然」な空気を霧散させるということ。ここに見られるような「リアル」への意識は、次に述べる「夢と現実の落差」でも大きな役割を果たしている。
ミュージカル映画における「歌い踊る」シーンは、どういう役割を果たすものなのだろうか? 『ラ・ラ・ランド』においては、ミュージカルシーン=夢・或いは妄想、という区分けがきっちりと定められており、オープニングから冷酷なまでにその範疇を外れることはない。そして、その積み上げが、ラストの「あったかもしれない未来」のシーンで一気に弾けるのだ。
オープニングの「Another Day of Sun」は、うだるような暑さの中でハイウェイが渋滞しているというダウナーなシーンを、「全員が歌い踊る」演出によって明るく楽しいものへと「見せている」が、曲が終わると皆は赤の他人へと舞い戻り、車に再び乗りこんでしまう。彼らが生きる現実は、その間も何ら変わらないのだ。おとぎ話的な「夢」から、容赦ない「現実」へのグラデーション――。冒頭数分で示される“真理”は、作品全体にひとさじの苦みをもたらす。本作においては、ミュージカルシーンは現実に何ら影響を与えてはくれないのだ。
『ラ・ラ・ランド』(c) 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
グリフィス天文台で行われるミアとセブのロマンチックな浮遊シーンも、現実ではありえない展開を入れることで、虚構性を強めている。このシーンが興味深いのは、「恋愛は現実を夢心地にさせる」というメッセージを感じさせること。ただ、オープニングで夢と現実の対立関係が示されたように、恋もまた、目標に対する「障害」になっていく。ラブストーリーの部分が「ミュージカル」の手法で描かれることで、2人が生きる現実と相克していく流れは、「どちらかしかない」というチャゼル監督の意志を表しているようだ。
多くの映画において、ミュージカルシーンは感情の絶頂や、現実からのポジティブな逃避を示しているが、本作においてはそれを「是」としてはくれない。かといって「非」とも言わない。「どちらを選ぶのも個人の自由」という達観した立場で、選択を委ねる。
甘い誘惑を切り捨てた者だけが、表現者として成功できる。だが、それが幸福かを決めるのは自分だ――。鍵を握るのは他者なのに、定義するのは己の裁量。何という残酷な答えだろうか。しかしそれこそが、「芸に生きる」ことの真実なのだ。そして、全ての夢追い人を包み込み、LAは今宵も輝き続ける。光あるところに影あり。この街には、成功者の足跡も、かなわなかった夢の残骸も、どちらも等しく眠っている。
ミアとセブの「5年後」を描いて終わる『ラ・ラ・ランド』がハッピーエンドか、バッドエンドか。その真相はきっと、私たち自身の中に在る。
文:SYO
1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」「シネマカフェ」「BRUTUS」「DVD&動画配信でーた」等に寄稿。Twitter「syocinema」
『ラ・ラ・ランド』
ブルーレイ・DVD発売&レンタル中/デジタル配信中
発売元:ギャガ/販売元:ポニーキャニオン
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Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA
LA LAND.Photo courtesy of Lionsgate.