2017.11.11
震災後の日本を想起させる「大停電」後の2049年
「大停電」事件がどんなものだったのかは、前作と今作を繋ぐスピンオフ短編のひとつで、 渡辺信一郎監督が手掛けたアニメ『ブレードランナー ブラックアウト2022』でも描かれている。レプリカントが反乱を起こし、自分たちのデータを管理しているサーバを破壊するためにロサンゼルスで大停電テロを起こしたのだ。
『ブレードランナー2049』のロサンゼルスが前作と大きく違う点は、「大停電」によって文明がリセットされかけたダメージを引きずっていることだ。人々はもはや生活に欠かせない“電気”が安定供給されるという保障を失い、ネオンがけばけばしく輝いていた『ブレードランナー』に比べて街全体が暗くなった。東日本大震災直後の節電に迫られた東京の景色にもどこか似ている。もっとも現実の東京は、すぐにもとのけばけばしい明るさを取り戻してしまったが。
リドリー・スコットという人は、過剰なまでに照明を駆使するビジュアルで知られており、『ブレードランナー』を観直すと、未来の混沌としたロサンゼルスに氾濫する光がいかに街のイメージを決定しているのがわかる。ネオンサインや電光掲示板が街中にあふれ返っているだけでなく、建物の外には特に光源などないのに、窓から光が射しこんでいたりもする。ひとえにスコットが「その方がカッコいい」と思ったからだ。
しかし『ブレードランナー2049』の世界には、もはやそれほどの光源がない。それに呼応するかのように、ビジュアルのスタイルはよりストイックに、色数を抑え、影を多用したものになっている。そもそもスコットが“光の達人”なら、ディーキンスは“闇の達人”とも呼ぶべき撮影監督だ。実際に現場でのディーキンスは、例えヴィルヌーヴがリクエストしても、理屈に合わない光源からの照明を一切使わなかったと聞く。スコットは「あそこからの光が欲しい」と思えばすぐに照明を追加するタイプだが、ディーキンスは「一体その光は何から発せられているというのかね?」とヴィルヌーヴに逆質問し、納得できなければ提案を却下してしまうのだそうだ。
『ブレードランナー 2049』
『ブレードランナー』と『ブレードランナー2049』が似て非なる点はいくつも挙げられるが、光に対するアプローチの違いは非常に大きい。ヴィルヌーヴもディーキンスも、伝説と化している前作を超えようとは最初から思っていなかったそうだ。ただ、前作へのリスペクトを失わずに自分たちの新しい『ブレードランナー』を作りたい。そのために欠かすことのできない最重要戦術のひとつが、ファンタジーの未来世界をとことんリアルに映し出す照明と撮影のプランだったのではないだろうか。
ちなみにリドリー・スコットの息子ルーク・スコットが監督したスピンオフ短編『2048: ノーウェア・トゥ・ラン』のロサンゼルスのビジュアルは、むしろオリジナルに寄せている感がある。こちらの撮影監督は『アップサイドダウン 重力の恋人』(2012)でも素晴らしい仕事をしたピエール・ギル。優れた撮影監督の仕事を比較する意味でも、『ブレードランナー2049』と併せてご覧いただきたい。
文: 村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。
『ブレードランナー 2049』
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
※2017年11月記事掲載時の情報です。