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応援上映の元祖『ロッキー・ホラー・ショー』が、現在も未来も愛され続ける理由とは

(C)2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment, Inc. All Rights Reserved.

応援上映の元祖『ロッキー・ホラー・ショー』が、現在も未来も愛され続ける理由とは


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オリジナル舞台の魅力を守ることに固執



 ここ数年、日本でも映画館で「応援上映」「絶叫上映」など、観客「参加型」スタイルが一般的になってきたが、その元祖といえば、やはり1975年の『ロッキー・ホラー・ショー』だろう。コスプレ姿で劇場へ行き、スクリーンの中の人物に大声で茶々を入れ、持ってきた小道具で遊ぶ。そしてダンスシーンでは一緒に踊る。


 劇場での映画鑑賞の常識を変えたそんな“異様”な光景は、1980年の『フェーム』でも再現され、日本の映画ファンにも新鮮な衝撃を与えた。この体験型と、作品自体の暴走的なノリ、メインキャラのフランク・フルター博士の強烈なビジュアルが重なり合ってカルトムービーと化した今作は、人気ドラマ「glee/グリー」の1エピソードで“完コピ”されたり、『ウォールフラワー』(12)ではエズラ・ミラーがフランクの役に艶やかに扮して、オリジナルの映像をバックにパフォーマンスするシーンがあったりと、文字どおり「伝説」となっている。



 その起源は、舞台の「ザ・ロッキー・ホラー・ショー」。1973年6月19日、ロンドンのロイヤルコート劇場のシアター・アップステアで開幕し、評判を集めてキャパの大きな劇場へ進出しながら、1980年まで上演が続いた。


 婚約中の若いカップル、ブラッドとジャネットが暴風雨に遭って車がパンク。たどりついた古城で、人造人間の実験を試みるマッドサイエンティストのフランク・フルターと、怪しげな人々に迎え入れられ、狂乱の世界が始まる……という、当時としては斬新すぎる展開と、ロンドンでの熱狂的な人気で、すぐに映画化のプロジェクトも動き出す。


 20世紀フォックスは映画化にあたって、人気ミュージシャンのキャスティングを要請した。エディ役には、あのエルヴィス・プレスリーも第一候補として想定され、本人も興味を示したという。


 しかし舞台版から演出で関わってきたジム・シャーマン監督は、舞台のオリジナルキャストを多用することに固執。フランク・フルター役のティム・カリー、作詞・作曲・脚本も手がけたリフ・ラフ役のリチャード・オブライエン、マジェンタ役のパトリシア・クイン、コロンビア役のネル・キャンベルをそのまま出演させ、スーザン・サランドン、ミュージシャンのミート・ローフら、映画のために加わったメインキャストは少数派であった。



(C)2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment, Inc. All Rights Reserved. 


 製作費も作品のテイストに合わせて、あえて少なめに抑えられたため、セットの環境はあまり良くなく、スーザン・サランドンはスタジオの重役にクレームを入れたほどだったという。


 映画版のタイトルは『The Rocky Horror Picture Show』と、あえて「Picture」を挿入(日本では『ロッキー・ホラー・ショー』のまま)。舞台初演からわずか2年後の、1975年8月にイギリスで公開がスタートした。最初は通常の映画のように昼間の時間を中心に上映されたが、劇場はガラガラ。公開週に、ジム・シャーマン監督とミート・ローフが、オープニング・パフォーマンスで劇場に向かったところ、客はゼロだったという逸話もある。しかし同じ1975年、舞台版がブロードウェイにも進出。映画もじわじわと評判を呼び、1976年の4月1日、ニューヨークのグリニッジビレッジにあるウェイバリー劇場でミッドナイト上映が始まったことで、この映画の「伝説」が築かれていく。



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