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音楽の力で夢と現実から多様性までも描いた、永遠の輝きを放つ『フェーム』

音楽の力で夢と現実から多様性までも描いた、永遠の輝きを放つ『フェーム』

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80年代ダンス映画の先駆けとなった名作



 1980年代の前半はダンス映画がひとつの大きな潮流となっていた。マイケル・ジャクソンが「今夜はビート・イット」「スリラー」などのミュージックビデオでダンスに革命を起こし、ブレイクダンスという新たなジャンルも誕生。映画でも『フラッシュダンス』(83)、『ステイン・アライブ』(83)、『フットルース』(84)といった社会現象を起こすダンス作品が相次いだ時期だ。往年のミュージカル映画は勢いを失い、新たな流行が始まる空気が映画界に漂っていたのである。



 そんなダンス映画の先駆けとなったのが、1980年の『フェーム』だ。NY、マンハッタンの路上でいきなりキャストたちが踊るシーンに象徴されるように、それまでのミュージカル映画とは違う、激しいエネルギーと青春のホロ苦さが全編に漂い、多くの観客の心をとらえた。従来のミュージカルと明らかに違うのは、出演者が「踊って歌う必然性」。舞台はNYのハイスクール・オブ・パフォーミング・アーツ(通称PA)。つまり芸術専門の学校なので、彼らが歌って踊るのは、ミュージカル的な映画のための演出ではなく、日常の延長である。


 このPAは実在しており、1947年に設立され、アル・パチーノやライザ・ミネリも学んだことで知られる。入学試験は映画『フェーム』と同じように、すべてオーディション形式で行われた。後に学校の形態は変わり、現在はフィオレロ・H・ラガーディア・ハイスクールという名で、やはりパフォーミング・アーツ専門の学校として継続している。『フェーム』の撮影は、残念ながらPA側が拒否。NY市の3つの学校の校舎で撮影が行われた。


 プロの俳優やダンサー、ミュージシャンを目指す若者たちの群像劇ということで、監督のアラン・パーカーは、NYやLA、ペンシルベニア、サウスカロライナなどで4ヶ月にもわたり、2,500名をオーディションした。その中には、まだ無名だったマドンナや、トム・クルーズ、パトリック・スウェイジ、ミシェル・ファイファー、エミリオ・エステベスもいた。いま考えると、ものすごいメンバーである(マドンナは、その後、アラン・パーカーの『エビータ』(96)で主役を務めた)。しかしパーカーが選んだメインキャストの8人に、大スターの名前はなかった。しかも8人のうち5人は初の映画出演であった。



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