目が離せないクライマックスとカタルシスが次々と押し寄せる!
長編の冒頭では、短編のエピソードをほぼそのまま再現される。カミングス以外のキャストは違っているものの、警官のジェームズが葬儀の場で歌い踊ろうとするギリギリの精神状態が、ほぼ同じ尺のワンカットで克明に映し出される。短編との違いがあるとすれば、ラジカセが壊れてしまい、スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」が流れないことだろう。
葬儀の場で、スプリングスティーンの熱唱ロックをかけながら踊ることも微妙なのに(劇中での話であり、現実にやろうという人は個人的には応援します)、曲すらかけられない中でジェームズはいったい何をしでかしたのか? そこはぜひ映画で観ていただきたいのだが、曲の不在によって長編バージョンはさらに過酷さを増し、主人公の錯乱度もさらにアップしている。まさに目が離せない凄まじい時間である。
そして本作最大の見どころは、オリジナル短編に勝るとも劣らない“やらかし”を、懲りることなく繰り返すジェームズの姿そのものだと言っていい。ジェームズは私生活のゴタゴタのせいで情緒不安定気味というだけでなく、明らかに心に魔物を宿していて、良い父親であろう、いい人間であろう、正しく振る舞おうとすればするほど、失言を連発し、大失態を引き起こしてしまうのだ。
そんなジェームズを毛嫌いする観客もいるだろう。そもそも嫌悪感を催すような人物とお近づきになりたいと思う人は少ない。しかし、間違いだらけの人間を通すことでこそ表現できるものは確実にある。ジェームズが内包している苦悩や葛藤や人間的な弱さは、観ていて居たたまれなくなるからこそ共感を呼ぶポイントであり、映画のカタルシスを生み出すエモーションの根幹になっているのである。
そして(10分を超える極端なワンシーンワンカットは冒頭だけだが)極力演技を長回しで映すことで、観客はジェームズの精神が右往左往する様を目の当たりにすることになる。『サンダーロード』をコメディと言い切るなら、これほど居心地が悪いコメディもなかなかない。しかしサンダンスで絶賛を浴びた短編に匹敵するパワフルな瞬間が、92分の上映時間にいくつも詰まっているのだから、なんと贅沢な作品であることか。
恐るべきは、自作自演で主人公を演じているカミングスが、決してトレーニングされた俳優ではないということ。当初カミングスは、監督に専念して本職の俳優を主演に立てることを考えていたという。ところが実際にリハーサルをしてみると、俳優の演技があまりにも痛々しく、笑える要素がどこにも見つけられなかった。自分が狙っている“笑いと悲しみがブレンドされた最良のバランス”を表現するには、誰よりもセリフを繰り返しながら脚本を執筆した自分が演じるしかないのだと、カミングスが心に決めた瞬間だった。
本作でカミングスは一躍注目の新鋭監督となったわけだが、まさに身を切り心をさらけ出す名演を披露した、“俳優としてのカミングス”を発見することも、本作を強くオススメしたい理由のひとつなのである。
参考記事:
http://moveablefest.com/jim-cummings-thunder-road-interview/
https://vimeo.com/blog/post/behind-the-video-sundance-winning-thunder-road/
文:村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。
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『サンダーロード』
2020年6月19日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開