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『サンダーロード』B・スプリングスティーンからジム・カミングスへ。描き継がれるアメリカ庶民の現実

『サンダーロード』B・スプリングスティーンからジム・カミングスへ。描き継がれるアメリカ庶民の現実

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数々の映画にインスピレーションを与えたロック界の巨人



 アメリカン・ロックを象徴するブルース・スプリングスティーンは、これまでも多くのフィルムメイカーにインスピレーションを与えてきた。例えば1987年にマイケル・J・フォックスが主演した『愛と栄光への日々』(87)は、労働者階級の憂鬱を好んで歌うスプリングスティーンから強く影響を受けており、ポール・シュレイダー監督はスプリングスティーンに主題歌の作詞作曲も依頼している。最近のイギリス映画『カセットテープ・ダイアリーズ』(19)では、スプリングスティーンの音楽がインド系移民の主人公の人生を変える。ジョナサン・デミ監督の『フィラデルフィア』(93)でも、スプリングスティーンが描き下ろした主題歌の静かだが力強い響きが、作品全体のトーンを象徴していた(同曲はアカデミー賞歌曲賞に輝いた)。


 筆者の知る限りでは、スプリングスティーンの世界観に最もダイレクトに近づこうと試みたのは、天才俳優ショーン・ペンの初監督作『インディアン・ランナー』(91)だと思われる。この作品は、スプリングスティーンの1982年のアルバム「ネブラスカ」収録の「ハイウェイ・パトロールマン」という曲を下敷きにしている。ペンは、歌詞の骨子を変えることなく、内容を膨らませてオリジナルストーリーの脚本を書き上げている。


『インディアン・ランナー』予告


 「ハイウェイ・パトロールマン」で歌われているのは、田舎町の警官になった兄と、問題ばかり起こす弟の物語。夢や理想は裏切られ、社会からは顧みられず、生活は苦しいが、それでも生きていくしかない庶民を見つめるスプリングスティーンの視点は、スタインベックやフォークナー、テネシー・ウィリアムズのような正統派アメリカ文学の系譜を受け継いだものでもある。


 スプリングスティーンは、外見やパワフルな歌声や曲調からマッチョキャラだという先入観を持たれることが多いが、実はアメリカ的なマチズモに疲弊する市井の人々を繊細に描く批評的なストーリーテラーでもある。そんなスプリングスティーンの歌にアメリカのリアルを見出したであろうペンは、『インディアン・ランナー』を通じて“アメリカンドリームから見捨てられた人々”がもがく姿を、暗いロマンティシズムで活写してみせた。




 『サンダーロード』に話を戻そう。カミングスが長編版の脚本を書く際に、何度も繰り返し再生して聴いたのが、まさにペンのインスピレーションの源となった「ハイウェイ・パトロールマン」が収録されたアルバム『ネブラスカ』だったというのである。


 『ネブラスカ』は、スプリングスティーンのディスコグラフィの中でも特に内省的な作品として知られている。歌と演奏は、4トラックのカセットレコーダーを使って一人で録音した。収録曲も、犯罪や貧困をモチーフに、労働者階級の苦悩を歌った物語性の強いものばかりだ。「涙のサンダーロード」は前述した通り「明日なき暴走」に収録されているが、映画『サンダーロード』には『ネブラスカ』の社会性とメランコリーが濃い影を落としているのである。



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