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『サンダーロード』B・スプリングスティーンからジム・カミングスへ。描き継がれるアメリカ庶民の現実

『サンダーロード』B・スプリングスティーンからジム・カミングスへ。描き継がれるアメリカ庶民の現実

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アメリカ的な“男らしさ”という落とし穴



 また、アメリカの伝統と言うべきマチズモ的な価値観も、カミングスにとって扱うべき主要なモチーフだった。アメリカ南部の保守的な風土の中で生まれ育ったカミングスは、周りの男たちが「男らしくあろう」とする姿を“まるで何かを演じているようだ”と感じていて、「マッチョをいじるネタで笑いを取るのが得意だった」という。


 『サンダーロード』の主人公ジェームズも、アメリカ的な「男らしさ」に囚われた人物として登場する。ジェームズにとって「家庭を持ち、親を敬い、子供を育てる一人前の男」というイメージは、自分がなるはずだった理想の姿でもある。しかし現実には、妻に去られ、愛する娘とは距離が生まれ、母親の葬式では醜態を晒し、人前でみっともなくも泣き崩れてしまう。ジェームズのアイデンティティは、映画が始まった時点で明らかに崩壊寸前なのである。




 また「正しい人物でありたい」という過度なまでの倫理的欲求も、残酷なほどに裏目に出続ける。そして、目指しているものと現実との大きな隔たりに向き合えないジェームズは、その場を取り繕い、自分自身をごまかすことで自尊心を保とうとするのだ。マッチョであろうとすればするほど露呈する、自分自身の限界との葛藤が切実で哀切だからこそ、われわれ観客はこの分裂症的な主人公から目が離せなくなるのだ。


 偶然の一致だが、カミングとはエマーソン大学の同期だった『スイス・アーミー・マン』(16)のダニエル・シャイナート監督も、アメリカ南部の文化圏に育ち、最新監督作『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』(19)で、マチズモ的価値観に固執する男たちの愚かしさをユーモアとペーソスを持って描いている。


『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』予告


 文学や音楽、映画を通じて描き継がれてきたアメリカ庶民の現実は、カミングスやシャイナートのような今日的な作家によって大きくアップデートされつつあるように感じられる。スプリングスティーンやショーン・ペンが、個人の物語からアメリカそのものを描こうとしたとするならば、カミングスやシャイナートは、時代や社会の変化によって変容を迫られる個人を見つめ直そうしているように思えるのだ。



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