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『ホワイトハンター ブラックハート』非破滅型作家イーストウッドが描く、破滅型作家ジョン・ヒューストンの物語

『ホワイトハンター ブラックハート』非破滅型作家イーストウッドが描く、破滅型作家ジョン・ヒューストンの物語

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王が玉座から引きずりおろされる物語



 到底理解できないセリフだが、イーストウッドがジョン・ヒューストンのキャラクターを露悪的に“盛っている”訳ではない。本人を真っ正直に引き写しただけ。実際、ヒューストンは自叙伝でこんなコメントを残している。


 「人を犯罪(いや道徳上の大罪)に走らせる見事な象牙を持った象は撃つ機会すらなかった。いまは象に銃を向けることすら想像できない。(中略)しかし、当時の私には大きな獲物を求めての狩猟は何物にも換えがたかった」

(『王になろうとした男 | ジョン ヒューストン』より抜粋)


 自叙伝のタイトルにある通り、ジョン・ヒューストンは“王になろうとした男”なのだろう。映画でも、「我々が神だ。登場人物を支配する小さな神だ」と語るセリフがあるくらいだ。だが、『ホワイトハンター ブラックハート』は王を讃える物語ではない。むしろ、王が玉座から引きずりおろされる物語だ。




 有り余るほどの独裁欲を満たすために、ジョン・ヒューストンは撮影ほったらかしで象狩りに出かけるのだが、獲物を前にしてライフルの引き金を引くことができない。そして、襲いかかってきた象から彼の身を守ろうとして、現地ガイドが犠牲になるという最悪の結果を迎えてしまう。


 現実の世界で“王になろうとした男”は、“弱々しい初老の映画監督”に失墜し、映画という虚構世界で弱々しく「アクション」とつぶやくのみ。『ホワイトハンター ブラックハート』は、タフガイが大自然を前にして脆くも自己崩壊してしまう物語であり、イーストウッドがこれまでのフィルモグラフィーで一貫して描いてきた「負け犬の物語」なのだ。



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