『暗殺の森』を意識した監督とトム・クルーズの”ブリーフ・ダンス”
監督・脚本のブリックマンは本作を演出する上で、最も影響を受けたのがベルナルド・ベルトルッチの『暗殺の森』(70)だとコメントしている。意外な話だ。第二次大戦前夜のイタリアで、ファシズムに傾倒していく青年の道程を追う『暗殺の森』と、現代のシカゴに暮らすお坊っちゃま高校生の暴走を描いた『卒業白書』には、一見、共通点は見当たらないからだ。
だがブリックマンは、退廃が支配する世界に生きる若者とその周辺を、時折ユーモアを交えながら見つめたベルトルッチ初期の傑作に倣って、自作にも所々コミカルなシーンを挿入することで、独自のトーンにこだわったという。主人公が若者の、同世代の観客をターゲットにした映画で、ダークとユーモアの共存は可能なのかどうか?それがブリックマンにとって最大の挑戦だったのだ。
そして、監督が目指した映画のコンセプトに誰よりも賛同し協力したのが、主演のトム・クルーズだった。親のいない夜の豪邸でジョエルが思う存分弾ける場面でのこと。ブリックマンの脚本にはこのように書かれていた。
「ロックが家中に鳴り響く。ブリーフ姿のジョエルが部屋の真ん中に立つ。そして、自由に踊りながら部屋中を動き回る」。文字にすると平坦にも感じるシーンに、血肉を注いだのは演じるトム本人である。ボブ・シーガーの”オールドタイム・ロックンロール”に合わせてシャツに白ブリーフ&ソックスでカメラの前に滑り出てきたトムは(滑りやすいように床には前もってワックスがかけられていた)、キャンドルスティックホルダーをマイク代わりに、暖炉の前で腰をくねらせる。かと思うと、長火箸をギターに見立てて体全体でビートを刻んだ後、そのままソファの上にジャンプしてみせたのだ。
『卒業白書』ダンスシーン
ブリックマンにとっては予想外の展開だったが、感情を動きに転嫁できる、トム・クルーズの高いスキルに満足し、そのテイクをそのまま本編に生かした。このシーンはトムの即興だと言われているが、正確にはそうではない。なぜなら、子供の頃、彼は大好きだった”オールドタイム・ロックンロール”に合わせて、さながらジョエルのように、家の中で踊りまくった経験があったからだ。
トムの伝説的な”ブリーフ・ダンス”は、結果的に映画のハイライトとして長く記憶され、後に、数々の番組などでパロティ化されて人気演目になる。
しかし、それ以上のハイライトは、ジョエルがラナに誘われて終電の地下鉄に乗り、まだ乗客が残っている前で、堂々と性行為を始める”地下鉄ラブ”のシーンだろう。フィル・コリンズの”In The Air Tonight”が流れる中、地下鉄に乗った2人が、徐々に行為をエスカレートさせるのに合わせて、音楽はフィル・コリンズからメインサウンドのタンジェリン・ドリームへとシフト。再び小刻みな電子音が鳴り始めると、重なり合う2人の体が、スピードを上げて過ぎ去っていく風景と同化し、やがて、線路の火花と共に闇の彼方へと消えていく。
1980年代初頭のハリウッドで、ここまでスタイリッシュな映像は珍しかった。そして、この映画のスタイルは今観ても全く色褪せてない。