『卒業白書』が描いた資本主義への疑問符
思えば、1980年代のハリウッドでは青春映画の秀作が数多く製作されている。主人公が少年時代に冒険を共にした仲間たちに思いを馳せる『スタンド・バイ・ミー』(86)、狡猾な男子高校生の奔放な休日を描いた『フェリスはある朝突然に』(86)、学校に居残った高校生たちが触れ合う『ブレックファスト・クラブ』(85)、高校の同窓生たちの大学卒業後の姿に着目した『セント・エルモス・ファイアー』(85)、ベトナム戦争末期に大学を卒業した5人の仲間が最後の逃避旅行へと繰り出す『ファンダンゴ』(85)、etc…。また同時期には、『ポーキーズ』(82)に代表されるセックスコメディも大量に製作されている。
そんな中、少年の性欲を単なる笑いの道具にせず、また、若さに対する共感のみに終わらせず、ノスタルジーにも傾倒せず、ひょんなことから自宅で売春パーティを開くことになり、一晩で8,000ドルもの大金を手にしてしまったブルジョワ高校生を通して、資本主義の矛盾を告発したのは、間違いなく『卒業白書』だけ。
『卒業白書』(c)Photofest / Getty Images
時代はレーガン政権が打ち出した、いわゆる”レーガノミクス”の真っ只中。つまり自由競争の促進をアメリカ国民全体が共有し始め、大学では、それまで歴史や哲学を専攻していた学生たちが、一斉にMBA取得に動き始めた頃だ。映画の冒頭でも、高校生たちは有名大学に入っていい仕事に就き、高収入を得ることが目標だと言い合っている。
そんな中、目標は社会貢献だと言って周囲から笑われていたジョエルが、倫理を逸脱したやばいビジネスで、誰よりも早く高収入にありついてしまう。ジョエルが最後のモノローグで観客に向けて呟く、「これって最高じゃん!?」というアイロニックなセリフの響きは、もはや秀逸過ぎて震える。
これ以降のトム・クルーズの活躍については、今更語る必要はないだろう。俳優デビューしてほぼ40年。彼にはオスカー候補に名を連ねた秀作や、肉体の限界に挑戦した怒涛のアクション映画など代表作は山ほどある。しかし、筆者はこの『卒業白書』をベストに推したい。映像、サウンド、時代を超越したテーマもさることながら、何しろ、トム・クルーズがピカピカに光り輝いている。かつてコッポラが驚嘆したという、生命力に溢れ返っているのだ。
参考文献
https://www.mentalfloss.com/article/67263/13-old-time-facts-about-risky-business
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文 : 清藤秀人(きよとう ひでと)
アパレル業界から映画ライターに転身。映画com、ぴあ、J.COMマガジン、Tokyo Walker、Yahoo!ニュース個人"清藤秀人のシネマジム"等に定期的にレビューを執筆。著書にファッションの知識を生かした「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社刊)等。現在、BS10 スターチャンネルの映画情報番組「映画をもっと。」で解説を担当。
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