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『マッドマックス/サンダードーム』人間ドラマに重きを置き、チェイス・シーンを大幅に削除したワケとは

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友人の死を乗り越えて



 『マッドマックス』(79)を成功に導いた気鋭のプロデューサー、バイロン・ケネディ。オーストラリアのヌーベル・バーグなどと称される彼は、メルボルン大学の映画ワークショップで、その後長いコンビを組むこととなるジョージ・ミラーと知り合う。1969年のことである。


 ケネディは幼い頃から映画と機械に興味を持ち始め、ジャンク品の8ミリカメラを分解、修復しては友達と短編を撮影する日々だった。ミラー監督も小さな頃から大の映画好きで、彼の楽しみは週末の小劇場で見るアメリカ映画だったという。そんなことで、ケネディとミラーはすぐに意気投合し、映画製作の道へ本格的に歩み出す。


 ミラーが監督と脚本を、ケネディが製作、撮影、編集の三役を担い、二人の最初の作品となった『Violence in the Cinema, Part 1(原題)』(71)は、オーストラリア映画研究所賞で2部門を獲得し、国内外で注目を集めた。彼らは小粒ながらも幾つかの作品を手がけ着実に実績を積んでいった。そんな中、ジョージ・ミラーは医学生として病院に勤めるかたわら、幾つかの映画脚本を執筆していた。その中のひとつに、敏腕警官と暴走族の物語があり、それがケネディ製作によって産声を上げる長編第1作『マッドマックス』だった。




 全世界で異例のヒットを飛ばした第1作、その成功を受けて製作された第2作『マッドマックス2』(81)でも彼らコンビは健在で、またしても国内外で大ヒットを飛ばした。バイロン・ケネディとジョージ・ミラーの名前はすぐさま海を越えて遥か遠くの異国にまで響き渡った。仕事にも脂が乗り切る頃、悲劇は突然やってきた。バイロン・ケネディがロケハン中のヘリコプター事故で帰らぬ人となったのだ。それが1983年のことだった。ケネディはまだ33歳という若さでこの世を去ることとなった。


 ミラーは、友人の早すぎる死を受け止めきれず、失意に打ちひしがれる日々。友人の急死により、プロジェクトへの意欲を完全に削がれたジョージ・ミラーは、かつてドラマで共に仕事をした舞台出身の演出家ジョージ・オグリビーを急きょ招き、本作『マッドマックス/サンダードーム』の共同監督として彼を起用した。


 オペラ、バレエ、ドラマなどで幅広く才腕を揮うオギルビーは、映画全体のドラマ・パートを監督し、ミラーは映画の締めくくりとなるチェイス・シーンのみを監督するに留まった。『マッドマックス』シリーズの“うま味”であるチェイス・シーンが大幅に減少した理由は、友人の死という突然の悲劇が影響していたわけである。


 ミラー監督は友人の死を乗り越えて、無事に作品を完成させた。いや、乗り越えたどうかは少々疑問の残るところだ。ともかく、その後しばらく『マッドマックス』シリーズは、永い眠りに入ることとなるのである。



<参考>

『マッドマックス/サンダードーム』劇場用プログラム



文: Hayato Otsuki

1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「リアルサウンド映画部」など。得意分野はアクション、ファンタジー。



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