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『ブレックファスト・クラブ』年を経ると見えてくる、作品に隠された郷愁と諦念

(c)Photofest / Getty Images

『ブレックファスト・クラブ』年を経ると見えてくる、作品に隠された郷愁と諦念

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誰かに当てはまる5人の生徒



 5人の生徒がお互いの名前を紹介するのは、映画が始まって26分ほど経過してからだというのも本作の特徴のひとつ。アリー・シーディ演じるアリソンに至っては、33分後になって初めて言葉を発するのだ。物語の上で、彼らが暫くの間アノニマスな存在であることは、「誰にでも当てはまる」という匿名性、または普遍性を持つという所以であり、名前自体がそれほど重要でないということでもある。そして、彼らに共通するのは両親との問題だということが会話の中で次第に明らかになってゆく。


 モリー・リングウォルド演じるクレアの両親は離婚寸前。エミリオ・エステベス演じるアンドリューの父親は、彼のスポーツ選手としての結果に対する過剰な期待があり、アンソニー・マイケル・ホール演じるブライアンの両親も学歴に対する過剰な期待がある。アリソンは親から無視され、ジャド・ネルソン演じるジョンに関しては、親の存在さえ不確かだ。つまりこの映画は、5人それぞれの家庭の事情を描くことで、世の中の多様性を描こうと試みている。そして、観客が抱える家庭事情も5人のうちの誰かに当てはまるという設定になっている点が秀逸だった。



『ブレックファスト・クラブ』(C) 1985 Universal Studios. All Rights Reserved.


 『キャリー』(76)などの先例はあるが、『ブレックファスト・クラブ』が先駆的であったと評される要因のひとつに<スクールカースト>=<学校内における序列>を、本格的に描いた初期作品だという点がある。もちろん公開当時、<スクールカースト>なる言葉は存在しなかった。日本でも文学の世界では2000年代から<スクールカースト>を題材とすることが増えていたが、言葉が一般的になったのは『桐島、部活やめるってよ』(12)以降という印象がある。


 1980年代までのアメリカの青春映画で、<スクールカースト>の底辺にいる冴えない学生は、主に嘲笑の対象として描かれていたという経緯があった。彼らが脇役として登場することはあっても、主役になるような映画は皆無だったのだ。重要なのは、それまで映画の主人公になることがなかった背景を持った若者たち、あるいは、それまで脇役として片付けられ嘲笑の対象だった若者たちを中心にしながら、『ブレックファスト・クラブ』は真摯な姿勢で描いていた点にある。


 補習を終えた土曜日、翌日曜を挟んで明けた月曜日。校内でそれまで全く交わることのなかった5人は、果たして挨拶を交わすのだろうか。それとも、お互いを無視して其々の<スクールカースト>に留まり続けるのだろうか。この映画では、その回答をあえて提示しない。



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