2020.09.28
清掃係員カールの正体
1984年3月24日、土曜日、早朝。映画の冒頭では、明確な日時が提示されている。1984年は、アメリカという国にとって重要な年のひとつに挙げられる。この年の夏にはロサンゼルス五輪が開催され、アメリカに今大会最多となる83個もの金メダルをもたらすことになる。昼食場面のコーラ缶をよく見ると、オリンピック限定デザインになっていることも判る。その後開催された全米オープンテニスでは、男子のジョン・マッケンロー、女子のマルチナ・ナブラチロワというアメリカ勢が優勝を独占。また秋には、ロナルド・レーガンが大統領に再選。約3000万枚を売り上げることとなるブルース・スプリングスティーンのアルバム「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」が、(本人の意に反して政治利用されながらも)時代の象徴になった。これらのことは、国際的な東西対立にあったアメリカを、さらに“強いアメリカ”と世界に印象付けることになる。当時のアメリカは絶好調だったのだ。
『ブレックファスト・クラブ』は、そんな時代に製作されたにも関わらず、どこか元気がないのだ。「図書室で補習をさせられた高校生が延々と喋っているだけの映画だから当然でしょう」と思われるかもしれない。しかし彼らには、未来に対する希望よりも、諦念のようなものを感じさせるのだ。補習に参加させられるような悪事を働いた各々の原因には「高校生活を楽しむための悪戯だった」ということではなく、「このままでは自分自身が潰れてしまう」という彼らの心の悲鳴のようなものを見出せるからだ。
『フェリスはある朝突然に』予告
ジョン・ヒューズ監督が本作の翌年に発表した『フェリスはある朝突然に』(86)の享楽ぶりと比較すると、同時代の高校生が未来への展望をどう捉えているかという違いを見出せる。どちらかというとフェリスは、学園生活を楽しむことに生きがいを感じている。それは彼が、<スクールカースト>の上位側の人間だからだろう。とはいえ『ブレックファスト・クラブ』と『フェリスはある朝突然に』に共通するのは、「高校生時代の輝きは人生のひと時である」という、大人視点の郷愁や諦念が隠されている点にある。かつて生徒側に共感していた筆者が、いつの間にか大人側の“言葉”に共感するようになったのもそのためだ。
「変わったのはあんたの方だ」と清掃係員のカールから指摘されたバーノン先生は「いいか、年を取った時、彼らがこの国を担うんだぞ!心配で夜中に目が覚める。私は将来彼らの世話になるんだ、と」と苦言を呈する。そんな言葉に対してもカールは「当てにするな」と達観した言葉を返すのだ。なぜ、高校の清掃係員である彼が、そんなに達観した立場の人間であると描かれているのか?それには理由がある。
『ブレックファスト・クラブ』のオープニングでは、校内の実景が次々と映し出されてゆく。舞台となる場所がどのような所なのかを紹介するという、よくある演出だ。高校の全景から廊下、売店、ロッカー、ポイ捨てされたゴミ、落書き。そして、“MAN OF THE YEAR”のプレートと共に掲げられる、優秀な成績を残した歴代の生徒写真が一瞬映し出される。各年を代表する生徒たちの中心にいる1969年の“MAN OF THE YEAR”であるCARL REEDという人物。そう、同級生たちから羨望の眼差しを浴びていたであろう彼こそが、清掃係員カールの若き日の姿なのである。
【出典】
・『ブレックファスト・クラブ』劇場パンフレット
・『ブレックファスト・クラブ』Blu-ray映像特典
・ENTERTAIMENT WEEKLY 2015.6.29
「What about“THE BREAKFAST CLUB”?」by Molly Ringwald
文:松崎健夫
映画評論家 東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『ぷらすと』『japanぐる〜ヴ』などテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』、『ELLE』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。現在、キネマ旬報ベスト・テン選考委員、ELLEシネマ大賞、田辺・弁慶映画祭、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門の審査員を務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。
『ブレックファスト・クラブ 』
30周年アニバーサリー・エディション ニュー・デジタル・リマスター版: 3,990円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
(C) 1985 Universal Studios. All Rights Reserved.
※ 2020年09月の情報です。
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