センスが光る「地味にすごい」選曲術
キャメロン・クロウを語るうえでは、音楽の使い方の上手さにも触れておかねばなるまい。『ザ・エージェント』ではテーマソング的に使われたブルース・スプリングスティーンの「シークレット・ガーデン」(95)が有名だが(劇中、ジェリーとドロシーの恋路の重要な局面となるところで二回流れる)、他にも印象的なシーンが数多くある。
ブルース・スプリングスティーン「シークレット・ガーデン」MV
例えば前半、会社を去ったばかりのジェリーが最初のチャンスを掴みかけるシーン。喜び勇んで車に乗り込み、最初はラジオからザ・ローリング・ストーンズの「ビッチ」(71)が流れているのだが、チャンネルを替えるうちにトム・ペティの「フリー・フォーリン」(89)に突き当たり、「そう、俺は自由だ!」と一緒に歌い上げる。これはジョン・メイヤーやガンズ・アンド・ローゼズらのカヴァーもある名曲である。もっとも、まだまだジェリーには前途多難の展開が待ち構えているのだが……。
トム・ペティ「フリー・フォーリン」MV
また後半では、ドロシーの息子の面倒を見てきた児童保育士のチャド(トッド・ルイーゾ)がジャズマニアで、いよいよドロシーと結ばれようとしているジェリーに、マイルス・デイヴィスのコンボにジョン・コルトレーンが参加していた最後の時期、1960年3月のストックホルムでのライヴを収めたカセットテープを渡す。まもなくベッドルームで、まるで場違いな調子のハード&スリリングな演奏が流れるのが笑える。
さらにジェリー&ドロシーの結婚式で、キューバ・グッディング・Jr.扮するロッドが、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」(71)をユーモラスに歌うところも面白いし、エンディングに流れるボブ・ディランの「嵐からの隠れ場所」も染みる(元々は1975年のアルバム『血の轍』に収録された楽曲。映画に使われたのは別ヴァージョンで、のちに1997年発売の『ザ・ベスト・オブ・ボブ・ディラン』に収録された)。そしてもちろん、ナンシー・ウィルソンによる楽曲や劇伴も素敵だ。
ボブ・ディラン「嵐からの隠れ場所」
決してクエンティン・タランティーノのように派手なフックのある使い方ではないが、物語の感情や意味に沿った形で、きらりとセンスの光る「地味にすごい」選曲術を発揮するのがキャメロン・クロウの流儀だ。使用する楽曲群もマニアック過ぎず、逆にポピュラー過ぎず、素直に「良い曲」を差し出すような中庸の姿勢に則ったものが多い。
そんなキャメロン・クロウを師と仰ぐ若手の映画監督には、例えば『とんかつDJアゲ太郎』の二宮健監督がいる。彼の『リミット・オブ・スリーピング ビューティー』(17)や『チワワちゃん』(19)は、作品構造などクロウの『バニラ・スカイ』(01)からの強い影響を受けている。
もし現在のキャメロン・クロウが本当に不調を託っているとするならば、優秀な後続や熱心のファンからの「愛と信頼」で、鮮やかな再生を果たして欲しいものだ。来たるべき冴えた新作を期待しつつ、いまは『ザ・エージェント』の豊かさを改めてじっくり味わいたい。
文: 森直人(もり・なおと)
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「メンズノンノ」「キネマ旬報」「映画秘宝」「シネマトゥデイ」などで定期的に執筆中。
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