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『ダンス・ウィズ・ウルブズ』“望まれた作品”ではなかったアカデミー賞受賞の西部劇

(c)Photofest / Getty Images

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』“望まれた作品”ではなかったアカデミー賞受賞の西部劇

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西部劇はすでに衰退したジャンルだった



 1950年代まで、ハリウッドの人気ジャンルだった<西部劇>は、テレビの普及やテレビ製西部劇の人気によって、1960年代には衰退しはじめていた。当時、海外へ活動の場を移したクリント・イーストウッドは、イタリア製西部劇<マカロニ・ウェスタン>で注目され、<西部劇>を変容させることで復活させたという経緯がある。とはいえ、ハリウッド製西部劇の亜流版と揶揄された<マカロニ・ウェスタン>もまた、当時は<作家性>なるものを指摘されるような作品群ではなかった。


 時代を経た1985年、<西部劇>が復活の兆しを見せた瞬間があった。それは、クリント・イーストウッドが監督・主演した『ペイルライダー』(85)や、ローレンス・カスダン監督・脚本の『シルバラード』(85)という2本の<西部劇>が高い評価を受けたということにある。当時の「キネマ旬報」には「八五年はアメリカでウエスタン復活が叫ばれた年だった」との記述がある。その潮流によって、エミリオ・エステベスやチャーリー・シーン、キーファー・サザーランドといった当時の若手俳優が共演した西部劇『ヤングガン』(88)も製作され、続編が作られるというような流れを生んだのだ。



 しかし実情は厳しく、高評価を受けたものの興行的には「まあまあ」といった数字で、特に日本では『ペイルライダー』も『シルバラード』も当たらなかった。前述の「キネマ旬報」では「ウエスタンというジャンルが、すでに若者の間で絶えて久しい」と分析され、また、当時の批評には「ウエスタンを馬鹿にした」との記述もある。<西部劇>が人気だった時代を知る評者たちにとって、<西部劇>というジャンルを変容させることは、残念ながら受け入れられなかったのである。


 そんな中で生まれたのが、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』という<西部劇>を変容させた映画だったのである。言うまでもなく、この作品は1950年代までの<西部劇>で描かれていた、ネイティブアメリカン(かつて映画の中では“インディアン”と呼ばれていた)を悪役に仕立て、白人を善人に見立てるというステレオタイプなイメージを排し、ネイティブアメリカン側の視点で西部開拓を描くという点が当時としては画期的な映画だった(この映画もまたステレオタイプな側面があるという、後の反論や批判に関しては執筆意図が異なるので、あえてここでは問わない)。



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