女流画家の鋭い<まなざし>
この映画を製作したいきさつについてフランスの女性監督、セリーヌ・シアマはこんな風に語る。
「まずはラブストーリーを作りたいと思いました。どんな風に恋の情熱がわき上がり、それがどう大きくなっていくか。それと愛の記憶というテーマも盛り込みたかった。どんな思いが残り、いかに愛の哲学が見えるのか、という点です」(2019年のトロント映画祭での舞台挨拶の映像より)
そんな監督の言葉通り、この映画ではまさに人が恋に落ちる瞬間がとらえられる。画家のマリアンヌが孤島の屋敷に到着すると、部屋には先任者が描いた絵が残されていて、エメラルドグリーンのドレスを着た令嬢が描かれている。ただ、顔の部分だけが消されている。彼女はどんな顔だろう?そんな興味をかきたてられる。
翌日、海辺に散歩に出かけた令嬢はフードをかぶっていて顔が見えない。海辺に向かって歩き出し、やがて走り始める。そして、崖の前で立ち止まり、彼女を追いかけるマリアンヌの方を振り向く。
そこにいるのは金髪と白い肌が印象的な美しい女だ。いや、まだ大人の女にはなりきれず、少女と女の中間にいる。そんな彼女にマリアンヌは少しずつ心ひかれ始める。
『燃ゆる女の肖像』(c) Lilies Films.
この映画の中心になっているのは、女たちの<まなざし>である。ヒロインを演じるフランスの女優、ノエミ・メルランはトロント映画祭の舞台挨拶の映像で<まなざし>が映画のポイントになった、という話をしている。
「画家の持つ視点やまなざし。それは独特のものだと思いました。でも、撮影前にその視線を作り上げることはできないので、演じるうちにそうしたものを表現したいと思いました」
メルランは映画に登場する絵を手がけた画家、エレーヌ・デルメールを側で観察することで画家独自の視線を習得していったという。とにかく、すばらしい目力を持っている女優で、映画を見るうちに、その人を刺すような<まなざし>に飲み込まれてしまう。
監督のシアマは前述の映画祭の舞台挨拶で、「実は18世紀は歴史的にも特別な時代で、多くの女性画家がいたのですが、そのことはあまり知られていません」と語っている。歴史の向こう側に埋もれてしまった女性画家を発掘してみせたところが、この作品のおもしろさでもある(脚本はシアマ監督のオリジナル)。
マリアンヌは画家である父親の家業を受けついだという設定で、結婚には興味を示さず、芸術的な世界に興味を広げ、自立した人生を送ろうとしている。21世紀を生きるフランスの若い女優が先進的な18世紀のヒロインを演じることで、逆に新鮮な人物像になっている。