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『JFK』仕組まれたバッシング、オリバー・ストーンが挑んだケネディ暗殺事件 中編
続々と出てきた公開前のバッシング
しかし、幸運に感謝する暇もなく今度はペンの暴力が『JFK』に襲いかかった。それも、まだ公にされていないストーリーが暴露されるという最悪の形となった。スッパ抜いたのは、芸能ゴシップ誌ではなく、「ワシントン・ポスト」である。
すべては、JFK暗殺事件の研究者であるハロルド・ワイズバーグが、映画『JFK』の製作が発表されると同時にストーンへ批判の手紙を送ったところに端を発する。
かつて、ジム・ギャリソン本人から痛烈に批判された経験を持つワイズバーグにとって、ギャリソンを主人公にした映画が作られることも不本意だったが、映画の中で自分のことも取り上げられるのではないかと恐れたのだ。返信がないため、ワイズバーグは密かに入手した『JFK』の脚本第1稿を、「ワシントン・ポスト」の国防担当記者ジョージ・ラードナー・ジュニアに送った。それが1991年5月19日付の同紙に、バッシングの始まりとなる記事となって掲載された(以下、表記がない記事は全て『JFK ケネディ暗殺の真相を追って』の再録より引用)。
ラードナーは悪意たっぷりに「主人公は、いまや記憶からほとんど消えかかった愚劣な事件調査を一九六〇年代後半に行った元ニューオリンズ地方検事ジム・ギャリソンである」と紹介し、数々の疑問や荒唐無稽な点を列挙して、「以上をどのように釈明したうえで、連邦政府の役人たちに対するギャリソンの英雄的闘争を描きあげるのだろうか?」と疑問を投げかけた。
『JFK』(C)2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
さらに、入手した脚本の内容を説明しながら、クライマックスの法廷シーンの台詞に至るまで微に入り細に入り暴露し、「これはオリヴァー・ストーンの映画であるから、暗殺の『動機』は驚くに値しない。もちろんヴェトナムだ。ギャリソン自身によって書かれた可能性もある熱もこもった最終弁論で、地方検事コスナーは暗殺を『クーデター』であると主張する」と明かした。そして、この陰謀に関わったのが、ダラス警察、シークレットサービス、FBI、ホワイトハウスの一部、FBI長官のJ・エドガー・フーヴァー、ケネディの後を継ぐことになるリンドン・ジョンソン副大統領であると、劇中で主張するストーンは、トンデモ陰謀論者だと批判した。
この記事を目にしたストーンは、直ちに反論を書き、その文章は6月2日付の「ワシントン・ポスト」に掲載された。まず、「これはラードナーが示唆するような『ジム・ギャリソン物語』ではない。信用できる多種多様な暗殺説を探るための手段としてギャリソン捜査を利用したのであり、彼の奮闘以来二十年の間に発見されたすべての事柄を取り入れている」と主張した。そして、撮影中の映画の内容が暴露されたことを次のように非難した。
「非公式の手続きを通して極秘の脚本第一稿を入手したことを記事のなかで認め、さらにそれを(第一稿はわれわれが現在使っている第六稿と著しく違う)文脈もなく引用したという事実に、私はこれほどショックを受け、かつ不愉快に思ったことはない。(中略)映画界では『一、完成するのを待ってから作品を(脚本ではない)批評する。二、内容について事細かに観客に教えてはならない』ことが慣例とされている。どうやら〈ポスト〉紙はその基準を変えようとすることにご執心らしい」
ストーンは、この状況がある映画と似ていることに危機感をつのらせた。それは、オーソン・ウェルズが監督・主演した『市民ケーン』(41)だった。メディア王ケーンが謎の言葉を遺して死んだことから始まる映画史上屈指の名作となったこの映画は、ハースト・コーポレーションの創業者がモデルだったが、その当人が激怒し、傘下の新聞を用いて熾烈なバッシングを行った。その激しさに後難を恐れた映画業界の大物がフィルムの廃棄を本気で勧めたほどだった。
ストーンは、「『市民ケーン』からずっと後で、歴史が繰り返していることに驚くべきなのだろうか?」と反論の中で記したが、この記事がさらなる燃料となって延焼することになった。