スピルバーグはなぜ凶悪なエイリアンを描いたのか
本作は『未知との遭遇』(77)、『E.T.』(82)と並んで、スピルバーグがエイリアンの訪問者を描いた3作目の作品である。過去のスピルバーグ作品では、友好的なエイリアンの姿が描かれ続けてきたが、本作では、それを人類の敵として捉えている。銀河系からのフレンドリーな訪問者はこの映画に一切登場しない。代わりに登場するのは、三脚型のマシーンを駆る好戦的なエイリアンだけだ。スピルバーグは、「もし、友好的ではないエイリアンが実際に地球にやってきたら、どうなるか。それを描くことで、エキサイティングな映画を作りたいと思ったんだ」と語る。
スピルバーグは過去にも、悪意を持つ敵対的なエイリアンを映画の中で描こうと模索していたが、その構想は最終的に、温厚なエイリアンと人間の子どもとの、心に染みる感動作『E.T.』として結実している。もともと『E.T.』の物語は今のそれとはまるで正反対の代物だった。スピルバーグが最初に『E.T.』の製作に乗り出したとき、それははるかにエッジの効いた、よりダークな物語だったのだ。
『E.T.』予告
当初は、『Night Skies(原題)』という仮題で、1970年代後半に企画がスタートした。脚本のペンを握るのは、ロジャー・コーマンの下でB級ホラーの脚本を手がけるジョン・セイルズ。彼の草案では、グレムリンのような異形の生命体が地球に突如襲来し、片田舎の農村部に恐怖を植え付ける、という内容だった。そのアイディアの元ネタは、ホプキンスビルの宇宙人襲撃事件に基づいているそうだ。1955年8月21日、米ケンタッキー州ホプキンスビルの郊外で起きたとされる宇宙人との遭遇事件のことである。
製作は少しずつではあるが、着実に進んでいた。しかし、である。その製作途中で、脚本のダークな部分に違和感を覚えたスピルバーグは、一部のアイディアを残しつつ物語の方向性をガラリと変えようとする。新しい脚本家としてメリッサ・マシスンを招き入れ、心温まるハートフルな物語へと舵を切ったのだ。
結果として『E.T.』は映画史にその名を刻むこととなったが、それでもなお、暗い物語への探求は常にスピルバーグの頭の中にあったらしい。トム・クルーズは『宇宙戦争』を一言で、「これは“悪いE.T.”ですよ」と表現する。「こんなエイリアンには誰も会いたくないでしょう」と。
スピルバーグがウェルズの古典を題材に選んだ理由は、テロの時代と重ね合わさる物語性を擁しているからで、それはその通りである。しかし、それとは別の側面で分析するのなら、スピルバーグの作家的探究心が潜んでいるからに違いない。つまり個人的な興味と社会的ドラマの混在こそが、スピルバーグ映画を形作る根底要素なのである。
<参考>
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映画『宇宙戦争』(05)劇場用プログラム
1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「リアルサウンド映画部」など。得意分野はアクション、ファンタジー。
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