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帝国主義批判から米ソ冷戦の恐怖、そしてテロの時代へ
H・G・ウェルズの「宇宙戦争」は、出版から100年以上が過ぎた今も、その魅力を保ち続けている。同書は1898年に英国で上梓され、1938年にはオーソン・ウェルズによるラジオドラマが米国で放送された。1953年にはジョージ・パルの最初の映画版が登場し、2005年にはスピルバーグの再映画版が、2019年には英国BBCでテレビシリーズが製作されるなど、「宇宙戦争」はラジオ、映画、テレビと姿を変えながら、長年、世界中で愛されている物語だ。
映画史のはじまりから今日まで、異星人の襲来を描いた映画はハリウッドで何度も作られてきた。しかし、H・G・ウェルズの「宇宙戦争」とそれを原作とする映画作品は、単なる空想科学の領域には留まらない。ウェルズは「宇宙戦争」の中で、祖国の帝国主義に対する反発の感情を発露し、ジョージ・パルの映画『宇宙戦争』(53)には、その当時の米ソ冷戦による核の恐怖が盛り込まれている。ウェルズの「宇宙戦争」は、その時々の世相を作品に反映させながら、警世的なアップデートを繰り返してきたわけだ。
スティーヴン・スピルバーグの『宇宙戦争』(05)では、より現代的なテーマが内包されている。ジョージ・パルの『宇宙戦争』が米ソ冷戦の緊張が高まる50年代に作られたものであるなら、スピルバーグの『宇宙戦争』が作られたそのときは、テロリズムの恐怖が世界中を覆い尽くしていた。スピルバーグは「9.11事件の恐怖を反映すると同時に、極限状態における人間の姿を描いているんだ」と語る。スピルバーグはこの映画の中で、テロリズムの恐怖を市民の視点から描き出したのだ。
地中の奥底から、巨大な三脚型の異物体(=トライポッド)が現われ、それまでの“日常”が“異常”に変わる――という本作のプロットは、“9.11”の事件を思い起こさせる。灰をかぶりながら逃げ惑う人々、墜落した旅客機の残骸なんかを見ると、スピルバーグはその当時の社会不安をあけすけに描写していることがうかがえる。
本作はテロリズムの恐怖に反応して作られたものだが、9.11の発生から今年で20年が経とうとしている今も、残念ながら世界中にはテロの暗雲が漂い続けている。しかし本作が描いているのは社会的メタファーだけではない。スピルバーグはこの映画を「一人の男の家族に対する愛情の物語」だと述懐する。