2021.01.31
バカ映画なのにオシャレでサブカル的……という奇跡
このスウィンギン・ロンドンが実は本作の重要なキーワード。1990年代は60年代英国の若者文化、いわゆるモッズ・カルチャーが何度目かの復活を見せていた。『オースティン・パワーズ』の60’sファッションやサイケデリックなビジュアルは、そんな時代の波にうまくハマった。オースティンのスーツはもちろん、イーブルのマオカラーのスーツ、ヒロイン、ヴァネッサのタイトなミニスカートなど、そんなビジュアルはファッションに敏感な若者たちのアンテナに引っかかってくる。
『007/カジノ・ロワイヤル』(67)を筆頭に、『スパイ・ハード』(96)『知らなすぎた男』(97)『ジョニー・イングリッシュ』(03)等々、スパイを題材にしたナンセンス・コメディは多数作られているが、『オースティン・パワーズ』が特別だったのは、まさにこのビジュアル。バカバカしい映画ではあるが、同時に当時の観客にはオシャレとも受け止められた。
音楽も同様だ。90年代の人気アーティストの曲を集めるのではなく、あくまでスウィンギン・ロンドンの雰囲気を持つ新旧ナンバーにこだわったセレクトがなされている。テーマ曲に抜擢されたクインシー・ジョーンズ、1962年の「ソウル・ボサノヴァ」はリバイバル・ヒットとなり、現在もしばし耳にするインスト・チューン。
『オースティン・パワーズ』(c)Photofest / Getty Images
また本作にも特別出演しているポピュラー・ミュージックの伝説、バート・バカラックは「恋の面影」と「世界は愛を求めている」という2つの代表曲が使用された。前者は『007/カジノ・ロワイヤル』のために作られた曲で、マイク・マイヤーズにとって本作の発想の源となったナンバーでもある。80年代に一世を風靡したガールズ・バンド、バングルスのスザンヌ・ホフスによるカバー・バージョンだ。ちなみにホフスは本作の監督ジェイ・ローチの愛妻でもある。
そのホフスは、劇中、オースティンがボーカルを務めるロックバンド、ミン・ティーのメンバーとしても顔を見せる。このバンドに参加したマシュー・スウィートとともに、ホフスは後にレコーディング活動を行なうようになり、アルバム『アンダー・ザ・カバーズ』シリーズをリリースした。
ちなみにミン・ティーというバンド名は、1965年のイタリア映画『華麗なる殺人』に登場した商社の名から取られている。この映画に主演したウルスラ・アンドレスは言うまでもなく007シリーズの記念すべき第一作『007/ドクター・ノオ』でボンドガールを務めた女優。こんな具合に、オタクなネタがギッシリ詰められているので、本作はサブカル方面からも歓迎されることになった。