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穏やかで、寂しい。『人生はビギナーズ』に満ちた、マイク・ミルズ監督のまなざし

(c)Photofest / Getty Images

穏やかで、寂しい。『人生はビギナーズ』に満ちた、マイク・ミルズ監督のまなざし

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自己憐憫のなさが育む、フラットな父子愛



 マイク・ミルズ監督の「孤独」についてもう少し考えていくと、映像だけではなく、脚本段階で既にその要素があることに気づくだろう。『人生はビギナーズ』でも、人とうまく接せないぶん父の愛犬に話しかけたり、ためらったり口ごもったり、テキストだけを読んでも人物描写がきめ細かい。公開されている脚本を読んでも、オリヴァーのセリフにおける「…」の多さが印象的だ。


 『人生はビギナーズ』『20センチュリー・ウーマン』がアカデミー賞脚本賞やインディペンデント・スピリット賞の脚本賞にノミネートされている点から見ても、ミルズ監督が紡ぐ孤独というものがいかに芯をついているか(かつ、他の作品とは異なっているか)が感じられるのではないか。


 前章で「生来から孤独感を抱えている人物が多い」と述べたが、無理に「これが理由でこうなりました」というドラマ的な説明・人格形成のつじつま合わせを行わないぶん、ミルズ監督の作品に登場する人物は、観ていて“呼吸”がしやすい。


 人は、特に何の理由がなくても、友人がいて仕事も順調であっても、孤独感を当たり前のように持っているものだ。その量が元から多い人間は日常の隙間に意味もなく寂しさを感じるものだし、そのぶん感受性が豊かで、表現者としての資質を持っている。見方を変えれば、ギフトともいえるのだ。この絶妙なさじ加減が、長編2作目である『人生はビギナーズ』では開花している。


『人生はビギナーズ』(c)Photofest / Getty Images


 その前提があるからこそ、ユアン・マクレガーのナイーブな演技に説得力がもたらされ、対照的に「カミングアウトすることで、孤独から解放された父」を演じるクリストファー・プラマーが光り輝く。名優プラマーが本作で見せた名演は、アカデミー賞助演男優賞受賞に値する完成度だが、脚本構造の時点で、お膳立てがなされていたということも忘れてはならない。


 ちなみに、プラマーは、ハルというキャラクターを演じるにあたり、同性愛者であることの自己憐憫がない部分を気に入ったそう。これは実に鋭い指摘といえる。ハルは妻が存命のうちは夫として、父親としての役割を(理想的ではなかったにせよ)務めようとしており、妻の死後、「自分のために」時間を使おうとする。そしてその生きざまが、結果的に「ほんのちょっとの勇気を出して、自由に生きるべき。人生を楽しもう」と息子の背中を押すことにもつながるのだ。


 さらに、この父子の新たな「第一歩」が、原題の『Beginners』につながるという秀逸な設計。38歳で独りぼっちであっても、75歳で末期がんに侵されていても、人はいつだって人生の“初心者”であると同時に、新たなスタートを切ることができる。なんと心優しい人生賛歌だろうか。穏やかで淡々としており、孤独感というものが常に流れてはいるものの、本作が最終的に向かう場所は、光に満ちたハッピーエンドなのである。


 オリヴァーと、ハルの恋人であるアンディ(ゴラン・ヴィシュニック)の関係性も実に温かみのあるものになっており、本作の中には「無理解」や「偏見」といったもの、またそれらに付随する哀しみや怒りのドラマが存在しない。ありがちな対立構造がない点も、ミルズ監督らしいフラットなアプローチといえるだろう。母との関係性を描く『20センチュリー・ウーマン』においても、ミルズ監督の目線は、常に公平。特定の性別や年代に肩入れしないまなざしが、清々しい。


 少し脱線するが、同じ「孤独の描き手」と呼べるソフィア・コッポラ監督とミルズ監督の違いも、興味深いところ。別の記事で彼女の「孤独論」を考察したが、コッポラ監督はどちらかといえば他者を拒絶しがちな「言わない」孤独であり、ミルズ監督は、他者を受容したいが自分の個性も尊重したい「言えない」孤独である点が、それぞれのスタンスの違いを表しているようだ。


 ミルズ監督の作品におけるキャラクターは、根本的に「理解されたい」という願望を抱えている。だが、羞恥心や怯え、相手に対する敬意や尊重が、ブレーキとなって行動をとどまらせてしまう。と同時に、それが自分らしさだとも考えている節がある。奥ゆかしく、思いやりがあって、少し臆病。だが譲れぬこだわりもあって……。まさに、ミルズ監督の作品そのものだ。




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