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『複製された男』の謎世界を読み解く。甘美なカオスに絡め取られる快楽。
解釈2:解離性同一性障害者が見る世界
ヘレンが大学を訪れ、教員のアダムに初めて会うシークエンスを思い出そう。2人が別れ、ヘレンが電話をかけてアンソニーが応答した時、アダムは既に校舎の中に消えている。この巧妙なショットにより、アダム=アンソニー同一人物説にもう1つの解釈の余地が生まれる。それは、アダムとアンソニーが解離性同一性障害の2つの人格である、というものだ。
かつて多重人格と呼ばれたこの障害では、通常ある人格が覚醒しているとき別人格は意識下で眠っているが、人格同士が――あたかもそれぞれの実体と向き合っているかのように――対話することもあるという。映画全編を通じて、アダムとアンソニーが一緒にいるところを目撃する人も、2人の会話を聞く人もいない。アダムの人格のときには教員として恋人メアリー(メラニー・ロラン)を愛し、アンソニーの人格のときには俳優としてヘレンと暮らす。俳優は撮影を理由にたびたび外泊するし、メアリーが教員のアパートに泊まるのも毎晩ではないので、この二重生活は成立する。
『複製された男』©2013 RHOMBUS MEDIA(ENEMY)INC./ROXBURY PICTURES S.L./9232-2437 QUEBEC INC./MECANISMO FILMS,S.L./ROXBURY ENEMY S.L. ALL RIGHTS RESERVED.
ホテルやアパートの部屋でアダムとアンソニーが対面するシーンは、実は1人の解離性同一性障害者が見ている世界なのだ。先に挙げた大学での場面も、アダムの人格のときにはヘレンを初対面の女性として認識するが、校舎に入ってアンソニーの携帯に着信したとき、瞬時にアンソニーの人格に切り替わって電話に出たと解釈できる。
解釈3:ドッペルゲンガーと出会った男
サラマーゴの原作は、英語版では『The Double』の題で出版された。自分自身の姿を自分で見る現象を指すドイツ語「ドッペルゲンガー」の英訳もまた、「double」である。ドッペルゲンガーは一種の幻覚症状とされるが、歴史的には本人だけでなく大勢から目撃された事例も記録されており、超常現象と考える向きもある。
先に挙げた2つの解釈に比べるとやや非現実的な読み解きになってしまうが、アダムとアンソニーがドッペルゲンガーの関係だとしても矛盾はしないし、過去にもドッペルゲンガーを扱った映画は何本か存在する(これらについては次回の原稿で考察したい)。
なお、ドッペルゲンガーは凶兆とされ、自身の分身を見た者は近い将来災難や死に遭遇するという。同僚に勧められた映画で自分に瓜二つの俳優を発見し、取りつかれたようにその男の居場所を探し当てたアダムと、自身と妻への脅威を感じながらも好奇心に負けて対面を受け入れたアンソニー。会うべきではないのに顔を合わせた2人は、もはや悲劇的な運命から逃れられないのか……。