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ペルソナと分身。『複製された男』に至る創作の歴史を紐解く

ペルソナと分身。『複製された男』に至る創作の歴史を紐解く


ベルイマンの『仮面/ペルソナ』



 ユングが提唱したこの概念を作劇に活かしたのが、スウェーデンの名匠イングマール・ベルイマンの『仮面/ペルソナ』(原題Persona、1966年)だ。映画は冒頭、強烈だが一見脈絡のなさそうな複数のイメージをモンタージュで示した後、有名な舞台女優エリザベート(リヴ・ウルマン)が失語症になるところからストーリーを紡ぎ始める。入院した女優の世話を任されたのが看護婦アルマ(ビビ・アンデショーン)。転地療養先の別荘にも付き添ったアルマは、沈黙するエリザベートに向かって一方的に語り続け、堕胎を含む過去の身の上を打ち明ける。


 エリザベートとアルマの関係性を示唆する重要な場面がある。エリザベートの夫が見舞いに訪れ、最初に出てきたアルマをエリザベートと認識して話し始める。アルマが人違いだと言っても夫は聞き入れず、さらにはすぐ近くに姿を見せたエリザベートに気づかないのだ。この出来事から、エリザベートとアルマは実は同じ人物の二面性を示しているという解釈が可能になる。役割に照らして考えると、舞台で役を演じる女優は外的側面=ペルソナであり、心にしまっていた過去の秘密を打ち明ける看護婦は「内面」だろう。


 ジョゼ・サラマーゴの小説『複製された男』(2002年)でも、瓜二つの男のうち1人の職業は俳優だった。もう1人は歴史の教員であり、過去に起きたことを語るという点では『仮面/ペルソナ』の看護婦アルマに対応すると言えよう。




 原作小説に見いだされる『仮面/ペルソナ』的要素を、さらに補強したのがヴィルヌーヴ監督と脚本家ハビエル・グヨンのコンビだ。先述した『仮面/ペルソナ』冒頭のモンタージュは、明示的ではないがエリザベートの心象と解釈することが可能であり、映し出される映像には蜘蛛も含まれている。蜘蛛=懐胎=母性の象徴として、映画化に際して蜘蛛のイメージを追加し、繰り返し強調したことがまず一点。また、俳優のアンソニーがフルフェイスのバイクヘルメット――これも素顔を隠す仮面だ――をたびたびかぶるのも、アンソニーが外的側面=ペルソナであることを示唆しているのではないか?



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