原作を別次元にまで高めたポランスキーの演出力
ミステリーの到達点は、元英国首相とCIAの関係、そしてそれがゴーストライターの死とどう関連づけられるのかにある。またそこが、トニー・ブレアとアメリカ、またはブッシュ政権の親密度を暗示する重要なポイントだ。
他にも、才色兼備で夫を支配しているルースは、一流の法廷弁護士としても知られるブレア夫人のシェリー・ブレアを連想させるし、ライカートを演じるロバート・ピューは、ブレア政権で外務大臣を務めながら、イラク戦争を批判して閣外に去った英国労働党議員、ロビン・クックと顔がそっくりだと言われている。細かい部分で言えば、ラングが愛用しているプライベート・ジェットの製造元ハザートン社は、イラク戦争後の現地で運輸事業を展開して利益を上げた企業、ハリバートンをもじったものだ。
ハリスの小説は、物語と事実の共通点を見つけ出す楽しさとスリルに満ちているのは確かだが、それを元に映画化された『ゴーストライター』(10)は、ロマン・ポランスキー監督の演出力によって、全く違うステージに到達している。
『ゴーストライター』(c)Photofest / Getty Images
冒頭、カーフェリーが口を開けて岸壁に近づいて来ると、乗客たちは愛車に乗って次々と陸に上がるのに、一台だけ、微動だにせず船内に止まるBMWがある。運転手はどうしたのか?そう観客が不思議に思った直後、カメラは近隣の浜辺に打ち上げられた男性の死体を映し出す。実にシンプルで無駄のない幕開けだ。
やがて、出版社の面接に要領よく合格した主人公が、溺死したマカラ、つまり浜辺の死体の後釜に座ることになる。才能はあるもののまるで野心がないゴーストライターを、ユアン・マクレガーがいつものように軽妙に演じているが、惨たらしい溺死体をすでに見せられている我々は、そんなマクレガーにもやがて悲劇が訪れ、文字通りゴーストとなる時が訪れるのかも知れないという不安に苛まれる。