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『ゴーストライター』ロマン・ポランスキーの演出が唸る、実在の人物とリンクするポリティカルサスペンスの傑作

(c)Photofest / Getty Images

『ゴーストライター』ロマン・ポランスキーの演出が唸る、実在の人物とリンクするポリティカルサスペンスの傑作

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あえて使わない恐怖演出



 今作でポランスキーが秀逸なのは、終始一貫して陽の光が差さない、暗く淀んだ曇天の街と海と空しか映さないことだ。特に、マサチューセッツに場面が切り替わった後の暗さは半端ない。冬の荒海に抗うかの如く斜めになって浮かぶブイ、ラングの瀟洒な邸宅を取り囲むどこまでも灰色の砂浜、所々に生える彩度がない緑の草、自転車で島巡りに繰り出す主人公が土砂振りの雨に振られて霞む姿 etc…、雨はただでさえ暗い風景を余計に重々しくさせる。


 また、サイクリングの途中、1人の老人(イーライ・ウォラック)が皺だらけの顔を雫で濡らしながら、古ぼけた小屋から歩み出てくる場面のシュールさと言ったらない。そして、老人は話しだす。この近辺の海流を鑑みると、マカラの死体がフェリーから発見場所の浜辺まで流されることはまずないこと、そして、死体発見当夜、浜辺の周辺で懐中電灯が点滅するのを目撃した人がいることを…。

 

『ゴーストライター』(c)Photofest / Getty Images


 重く澱んだ風景とは裏腹に、主人公が自叙伝執筆の傍らでラングにまつわる疑惑を徐々に解明していくスリルと興奮が、観客の脳を終始刺激する。そこもポランスキー・マジックと言えるだろう。特に、マカラの遺品からラングの過去に関する手かがりを手に入れた主人公が、BMWのカーナビに残されていたルートを辿って、謎めいた人物、エメット教授(トム・ウィルキンソン)の自宅に到着するまでの数分間は鳥肌が立つほどだ。


 しかし、カーナビのデータが消去されることなく残っていて、同じ案内が再生されることは現実的にはないらしいが、たとえあり得なくても映画的な効果という意味でこのアイデアは新鮮で面白い。また、主人公が謎の車に執拗に追跡され、一旦は乗船したフェリーから命からがら脱出するシーンは、劇中で唯一アクションシーンと呼べるものだ。


 ポランスキーはハリウッド・デビュー作の『ローズマリーの赤ちゃん』(68)の時と同じく、サスペンス映画にありがちな誇張した恐怖演出は一切用いていない。ここでも、主人公の日常が非日常へと静かにシフトしていく様子を、巧みなロケーション効果を駆使して描き切っているのだ。





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