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思春期の機微を捉えた『イカとクジラ』が、自伝を超えたリアルな感情のドラマに到達するまで

(c)2005 Squid and Whale,Inc.Todos os Direibs Reservados.

思春期の機微を捉えた『イカとクジラ』が、自伝を超えたリアルな感情のドラマに到達するまで

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ルイ・マル監督の名作によってもたらされたもの



 本作はよく、自伝的、私小説風の映画と言われる。確かに、ノア・バームバックが10代の頃、共に作家だった両親は離婚した。本作の舞台となる場所も、彼が育ったのと全く同じブルックリン。それに、今ネットで検索してみて気づいたのだが、小説家として知られる実の父ジョナサン・バームバックはどうやら、本作のジェフ・ダニエルズのように鬱蒼としたヒゲに顔半分を覆われた人物だったようだ…と、ここまで条件が揃うと、我々は胸を張って”自伝”と呼びたくなる。


 が、当のバームバックにとってはその言葉の使い方にどうしても抵抗があるようだ。この作り手ならではの複雑怪奇な心理にこそ、実は本作『イカとクジラ』の面白さではないかと私は考える。


 まず私たちが知るべきは、バームバックが本作を具現化するまでにいくつかの進化の過程があった、ということだ。


 少年期の彼にとって大事件だった両親の離婚。これについて書くという着想は当初から持ち合わせていたようだが、最初に書き出した内容は、もっと事実に即したものだったらしい。それも、30代の大人になった兄弟が過去の記憶を振り返りつつ、両親の離婚が自分らにどのような心理的な影響を与えたのか考えるという趣向だったそう。



『イカとクジラ』(c)2005 Squid and Whale,Inc.Todos os Direibs Reservados.


 しかしこの形式はやがて劇的に変化していく。子供の頃の回想シーンを描くうちに彼は、大人の主人公に主眼を据えるよりも、むしろ全編に渡って子供の目線を活かした方が自分にとってリアルに感じられることに気づいたのだ。ただそれでもなおバームバックの心には迷いがあった。リアルに感じられるとはいえ、果たして「子供の目線で紡ぐ」ことでこの映画はうまくいくのだろうか?


 そんな時、彼に天啓ともいうべき光をもたらしたのがルイ・マル 監督の『好奇心』(71)という作品。彼はこの映画をウェス・アンダーソンと共にミッドタウンにある試写室で観たそうだ。なるほど、『イカとクジラ』にも通底する思春期の心の蠢きがひしひしと感じられる一作である。


 母の不倫を知り、自身の複雑な気持ちを持て余していく少年、ローラン。その胸中を彩るジャズの調べ。子供の目線を活かしたこの映画は、時に性的かつ不安な気持ちを垣間見せつつも、決して瑞々しさを失わない。バームバックはまさにこの作品に背中を押される形で、自信を持って「子供の視点を貫こう」と決めたという。




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