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思春期の機微を捉えた『イカとクジラ』が、自伝を超えたリアルな感情のドラマに到達するまで

(c)2005 Squid and Whale,Inc.Todos os Direibs Reservados.

思春期の機微を捉えた『イカとクジラ』が、自伝を超えたリアルな感情のドラマに到達するまで

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映画化することによって受け入れられていく記憶



 さらに、脚本が完成し本格的に製作が始まると、今度は俳優という存在が役に魂を吹き込む。この段階では、もはや彼らの方がしっかりと脚本を読み込み、作り手以上にその人物について熟知していることも多く、作り手の中だけで独りよがり的に成立していた役柄は、さらに予想を超えたレベルへと膨らんでいった。


 そうやってキャスト、スタッフ、そして観客という大勢の人々と”共有”されながら、この物語はごく個人的な体験や記憶を超えて、ひとつの大きな創作世界となって完成の時を迎えたのである。


 思えば、バームバックが辿った一連の創作過程は、まるでセラピーのようだ。


 子供の頃のとても胸の痛む記憶があったとして、そこから目を背けるのではなく、まずは現在の視点でゆっくりと記憶をくだり、それがいつしか子供の目線へ変化する。やがて大人たちの心境にもイマジネーションを広げながら、その果てには他者との共感や共有が待っている。これが過去への「納得」や「赦し」につながるかどうかは別として、少なくとも目を逸らさずに受け入れることには辿り着くはず。



『イカとクジラ』(c)2005 Squid and Whale,Inc.Todos os Direibs Reservados.


 結果的に『イカとクジラ』は、客観的事実とは異なる創作部分を内包する映画となった。そのためバームバックはこれを”自伝”と呼ぶことに多少のためらいを感じるのだろう。だがその一方、これが「感情的にリアル」な作品であることは確かだという。それも「創作がうまくいったからこそ、これほどリアルに感じられる」のだとか。アンビバレントにも聞こえる主張だが、これまで見てきた創作の過程を踏まえると、この微妙なニュアンスも理解できそうな気がする。


 本作はほんの80分程度の小さな作品でありながら、映画作家ノア・バームバックにとってひとつの精神的な核となる一作と言えよう。当時の彼は、自分が近い将来に『マリッジ・ストーリー』を生み出すなんて想像していただろうか。


 これまた”離婚”という身を切るほど辛いテーマを描きながら、登場人物それぞれにドラマがあり、思いやりがあり親近感があり、そしてなんとも言えないおかしみと愛情と温もりが溢れる。


 かつて『イカとクジラ』の製作を通じて、個人の体験を映画へと昇華させる経験を培ったからこそ、『マリッジ・ストーリー』をあそこまでの傑作の域に導くことができたのは明らかだ。


 今後、50代の大海原をどのように泳いで行くのか。さらなる展開がとても楽しみな、唯一無二の映画作家である。



参考記事URL

https://www.newyorker.com/magazine/2013/04/29/happiness

https://www.theguardian.com/film/2006/mar/31/2

『イカとクジラ』コレクターズ・エディションDVD 音声解説/特典映像



文:牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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『イカとクジラ』コレクターズ・エディション

DVD:1,551円(税込)

発売・販売:(株)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

(c)2005 Squid and Whale,Inc.Todos os Direibs Reservados.

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