音楽とともに記憶に残る、海岸に置かれたピアノの情景
今から考えると、ナイマンがアカデミー賞作曲賞にノミネートすらされなかったことは不思議だ。その年のノミネート作品は、受賞の『シンドラーのリスト』に、『ザ・ファーム 法律事務所』、『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』、『逃亡者』、『日の名残り』。時を経ても色褪せず、多くの人の記憶に残るスコアと、アカデミー賞の評価は別物なのだ。
音楽つながりでいえば、「ニルヴァーナ」のカート・コバーンが拳銃自殺した前日に、友人たちと劇場で観たのが、この『ピアノ・レッスン』。つまり彼にとって人生最後の映画ではないかとされている。
『ピアノ・レッスン』(C)1992 Jan Chapman Productions and CIBY 2000
エイダ役でアカデミー賞主演女優賞に輝いたホリー・ハンターは、9歳の頃、ピアノを習っていたので、演奏シーンの多くを自分でこなしている。設定上、劇中では言葉を発しないエイダだが、ナレーションでホリー・ハンターの声を聞くことができる。フロラ役でアカデミー賞助演女優賞受賞のアンナ・パキンは、映画公開時、11歳だったため、R指定の本作を観ることはできなかった。2009年のTV番組のインタビューで「最近、初めて観た」と告白している。
この『ピアノ・レッスン』で最も鮮烈なのは、この世の涯てとさえ感じられる荒涼たる光景だ。スコットランドから地球の裏側であるニュージーランドへ来たエイダの視点を表すように、その地は異世界のごとく観る者の心をつかんでしまう。鬱蒼と繁る羊歯(しだ)と原生林は、むせ返る匂いが映像から漂ってくるようでもある。そして『ピアノ・レッスン』といえば、暗い雲が垂れ込め、風が吹きすさぶ海岸に、ポツンと置かれたピアノ。作品を象徴するそのカットは、強烈なインパクトを放ち、観る者の記憶にやきつく。今も原初的な風景が数多く残るニュージーランドだからこそ、この特異な映像体験につながった。
ニュージーランド カレカレ海岸 撮影:斉藤博昭
ロケ地は、ニュージーランド最大の都市、オークランドから車で40分ほどの、北島西岸にあるカレカレ海岸と周辺の原生林。黒砂が広がり、波が轟音を立てて打ち寄せるその海岸は、タイムトリップして何世紀も過去に連れて行かれたような錯覚をおぼえる場所だ。