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『ストップ・メイキング・センス』トーキング・ヘッズ×ジョナサン・デミが生み出した、“体感”する音楽映画

(c)Photofest / Getty Images

『ストップ・メイキング・センス』トーキング・ヘッズ×ジョナサン・デミが生み出した、“体感”する音楽映画

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コンサートそのものを体感できる映画



 製作前に『ラスト・ワルツ』を参考にしたというデミだが、この映画との1番の違いは、ミュージシャンのインタビューが排除されている点だろう。『ラスト・ワルツ』ではザ・バンドの解散コンサートの様子が映し出されていたが、それと並行し5人のメンバーへのインタビューもはさみこまれていた(この映画の場合、そうすることでバンドがたどった物語が見えた)。しかし、『ストップ・メイキング・センス』は違う方向をめざしている。前述の本、“Talking Heads”に掲載されたデミの発言によれば、「僕自身は、音楽映画ではない場合も長いカットを好む方だ。特にカリスマ的な魅力を持つミュージシャンの映画ともなれば、なおさら、こういうカットが必要になる。そして、コンサートそのものを経験できる映画こそが理想の作品だ」


 デミはその理想を『ストップ・メイキング・センス』で実現したのではないだろうか。冒頭、観客の拍手と共にデイヴィッド・バーンが舞台に現れ、カセットテープに収録されたリズムボックスの音と共に<サイコ・キラー>を歌い出す。そこにいるのは白いソックスに白いスニーカーをはいたバーンだけ。時々、おどけてよろけてみせるが、これはフレッド・アステアの映画『恋愛準決勝戦』(51)を意識しているそうだ。


 2曲目になると、ベースのティナが舞台に上り、バーンと共にゆったりしたテンポの美しい曲、<ヘヴン>を演奏する。3曲目はドラムのクリス・フランツが加わり、リズムが際立つ<サンキュー・フォー・センディング・マイ・エンジェル>が始まる。4曲目はギターを抱えたジェリー・ハリソンが出てきて、<ファウンド・ア・ジョブ>を披露する。フィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒなど、ミニマル系ミュージシャンを意識したというギター&ベースの競演。エッジのある音にぐっと引き込まれる。


 こうした構成から分かるように、少しずつ舞台に人が出てくることで、バンドとしての構成が“見える化”されていく。その後も、3人の黒人ミュージシャン、2人の黒人女性ヴォーカリストが少しずつ登場する。初めて見た時は、この構成がすごく斬新に思えた。そして、それぞれの人物が出てくると、その人にスポットが当てられるので、観客はその人物に親しみを感じる。

 

『ストップ・メイキング・センス』(c)Photofest / Getty Images


 メンバーたちが揃ったところで、ヒット曲<バーニング・ダウン・ザ・ハウス>が演奏される(全米トップテンに入った曲)。「家を燃やせ!」という歌詞がなんともシュールで、意味不明。しかし、デミによれば、「デイヴィッドの歌にはマジカルな力があって、それがこの映画を素晴らしいものにしている。言葉とイメージを重ねて、何かを感じさせる。だから、その感覚を楽しめばいい」(オーディオ・コメンタリーより)


 タイトルの『ストップ・メイキング・センス』は、“意味づけなんか、やめてしまえ!”との意味で、バーンが後半にビッグスーツを着て歌う<ガールフレンド・イズ・ベター>の歌詞からとられている。どこか抽象アートのような感覚で、それぞれの言葉の断片のイメージを自分なりに解釈すればいいのだろう。整合性を無視したナンセンスな歌詞が作り出す不思議な世界に身を任せるうちに別の知覚が自分の中に芽生えていく。


 バーンの音楽を視覚化した映像にふれると、観客は新しい自分に生まれ変わった気になれるだろう(そんな“生まれ変わり現象”はこの映画でも、『アメリカン・ユートピア』でも体験できる)。後半に登場する特に印象的な曲<ワンス・イン・ア・ライフ・タイム>では、自分でもワケの分からない世界に舞い込んだ男のとまどいが歌われるが、映画を見ている人間も、「ここではない、どこか」を旅した気分になる。


 映画の撮影を担当しているのは『ブレードランナー』(82)の圧倒的な映像美で知られるジョーダン・クローネンウェズ。色を感じさせる照明は極力さけ、舞台を「黒くぬれ!」とばかり、どこもかしこも、黒に塗っていったという。その結果、(特に中盤以降は)舞台上の人物だけがくっきり浮かび上がる少しシュールな映像が出来上がっている。客席があることを意識させず、あえて舞台上の歌や演奏だけを映し撮ることで、こちらもコンサート会場の観客のひとりとなり、最後に客席が初めて映ると、そこにいる人々と喜びを分かち合う。まさにライブ会場の興奮をリアルに体感できる。


 蛇足ながら映画のタイトル・デザインはパブロ・フェロが担当している。手書きの黒い文字が白い画面上に打ち込まれているが、これはスタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』(64)で使われたデザイン文字の変型判(少し筆跡が濃いもの)だという。





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