2021.05.28
80年代の東京の夜を変えた記念碑的な作品
前述のように、この映画はすぐには製作費が集まらず、最終的にはトーキング・ヘッズのメンバーが資金を出したが、84年にアメリカで封切られるやいなや、カルト的な人気となり、ロングラン興行となった。ただ、日本にはなかなか輸入されず、サントラ盤であるアルバムの方が先にリリースされた。最終的に映画を配給したのはインディペンデント会社、クズイ・エンタープライズで、この映画が初の配給作品となった。クズイにかつて在籍した遠藤久夫さんに当時の宣伝秘話を電話で聞くことができたので紹介したいと思う。
「宣伝で特に忘れられないのは“アルバイト・ニュース”に求人広告を出した時のことでしょうか。ただの求人情報誌ですが、宣伝費が潤沢ではなかったので、そのヒトコマを映画の宣伝に使いました。“遂に公開! 『ストップ・メイキング・センス』”みたいに目立つタイトルをつけて、<宣伝マン募集>と求人を出したんです。本当はチラシをまく仕事なんですが、まあ、ウソの告知ではないですよね」その結果、面接のために渋谷の小さな酒屋の上にあった小さなオフィスのビルの前に長蛇の列ができたという。
「この時から映画への関心の高さがうかがえ、ヒットを予感しました」と遠藤さん。ただ、そこまでこぎつけるのは、楽ではなかったという。宣伝マンとしては新人だった上に、会社が映画館に強力なコネも持っていなかったので、手探りで宣伝を始めた。「まず、公開できる映画館を探すことになったのですが、なかなかむずかしくて……」80年代の映画界はまだまだ閉鎖的で、ミニシアターも黎明期。インディぺンデント系会社には厳しい時代だ。
「昼間の興行はむずかしい気がしました。そこで思いついたのがレイトショー興行です。実は僕自身が個人的にかかわったことのある『レゲエ・サンスプラッシュ』(80)というレゲエ映画がありますが、これを新宿のシアターアップルの夜の興行にかけました。この話を社長にしたら、別の形で動くことを思いついたようです」
その結果、新宿にあった歌舞伎町シネマ2、渋谷のジョイシネマなどがレイトショー興行に興味を持ちだした。ふだんはもっと大衆受けする映画をかけている映画館だが、夜はあいていて、リスクが少ないので、映画をかけてもいい、という返事をもらえたという。吉祥寺にあったバウスシアターも、当時、新しい方向を模索していたので話に乗ってくれた。
都内3館のレイトショーが決まり、雑誌「宝島」の裏表紙に石井聰亙(現・岳龍)の推薦コメント入りの宣伝を載せ、その広告をそのままチラシにしてまいたという。また、ファッション・ブランド「メンズビギ」でオリジナルTシャツを作り、各店舗にポスターを貼ってもらった(そのモノクロのポスターには「なぜ、大きなスーツ?」のコピーが打たれている)。30秒くらいのオリジナル映画もこの会社に宣伝用に作ってもらった。こうしたファッション・ブランドとの提携は今ではよく行われているが、当時としてはかなり珍しかった。珍しいという意味では、渋谷ジョイシネマのような商業映画館でのレイトショーも、当時としては新しい発想だった。
手探りで宣伝を始めたが、情報通の間で少しずつ盛り上がり、封切後はロングラン上映となった(筆者は渋谷の公園通りにあるジョイシネマの前にできていた長い列を今も忘れることができない)。「きっと、宣伝マンが観客と同じ目線に立って、この映画の良さを広めたことで成功できたのかもしれません。ものすごく凝縮された作品だと思います。よく練られていて、ライブやコンサート映画を超えた作品なのでしょう」
『アメリカン・ユートピア』予告
遠藤さんはデイヴィッド・バーンの新作『アメリカン・ユートピア』にも興奮したという。「バーンはいい年の取り方をしていますね。また、スパイク・リーも、この映画で本当に演出家としてがんばったと思います。この新作は舞台芸術と呼べる作品で、バーンや彼と一緒に舞台にたつ11人の仲間も魅力的です。無駄なものがない作品だと思います」
クズイ・エンタープライズは、この映画の成功後、スパイク・リー監督の長編1作目『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』(86)やパーシー・アドロン監督の『バグダッド・カフェ』(87)の配給にも携わり、インディぺンデント映画のあり方を変えていった。
主体性のある映画作りや配給の流れが、今の時代にも受け継がれ、今度はデイヴィッド・バーンの発案で新たな創造性を盛り込んだ『アメリカン・ユートピア』が完成した。
『ストップ・メイキング・センス』のジョナサン・デミ監督は2017年に故人となったが、『アメリカン・ユートピア』では“スペシャル・サンクス”として彼の名前がクレジットされ、生前の功績が讃えられている。
文:大森さわこ
映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。
(c)Photofest / Getty Images