1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ブラス!
  4. 『ブラス!』ピート・ポスルスウェイトの歴史的な名演が現代に訴えかけてくるもの
『ブラス!』ピート・ポスルスウェイトの歴史的な名演が現代に訴えかけてくるもの

(c)Photofest / Getty Images

『ブラス!』ピート・ポスルスウェイトの歴史的な名演が現代に訴えかけてくるもの

PAGES


人間の尊厳を守るための戦い



 マーク・ハーマン監督は本作についてこうも語っている。


 「特に言っておきたいのは、この映画は全世界に共通の普遍的なストーリーで、単なるヨークシャーだけではない全世界のコミュニティの縮図だということ。同様のことは全米の坑山の街でも起きている。坑山閉鎖が人々にもたらす影響は全世界共通・周知の事実なんだ。解雇はいつでもどこにでも存在しているんだ」(97年公開時の劇場用パンフレットより)


 ここで私の頭をよぎるのは、今年のアカデミー賞で3冠を獲得した『ノマドランド』(20)のこと。かつて確かな生活の拠点があったはずのコミュニティが崩壊してしまった時、いったい何が起こるのか。フランシス・マクドーマンド演じる主人公はかつて存在した街の思い出を抱えながら、一人でひたすら旅を続けるーーーー。


 『ブラス!』で描かれる街もまた、これと同様の運命を辿る可能性は大いにあったはず。だが、彼らの場合、炭鉱が閉鎖されてもなお結束することをやめなかった。いや、奇跡的にも”諦めずに済んだ”と言うべきなのかもしれない。



『ブラス!』(c)Photofest / Getty Images


 結果的に、この物語のモデルとなったグライムソープ・コリアリー・バンドには、映画の爆発的なヒットもあって大きな注目が集まることとなった。2010年代にはスポンサーの撤退などで将来への不安が募る一幕もあったものの、2021年の今なお、何とかコミュニティと音楽の灯を絶やさずに活動を続けているようだ。


 ただし、『ブラス!』はそういった稀に見る成功や奇跡にスポットを当てた映画というわけではない。それゆえ本作のクライマックスでは、後日談などにはいっさい触れられることなく、先行きの全く見えないバンドの面々が全英選手権で優勝するところで終わる。


 そして、最大の”ハイライト”というべきなのは、やはり壇上における受賞スピーチの場面。


 ピート・ポスルスウェイトが聴衆に訴えかけるのは、いかに発展の名を借りたまやかしによって多くの者が職を失うどころか、コミュニティという足場を失い、闘う意志を削がれ、さらには生きる意志や希望さえ失っていったか、ということだ。


 まさに原題が示す”Brassed Off(怒っている)”という感情が、聴衆に、政府に、そして社会全体に突きつけられる瞬間である。こういった主張からも、本作がこの映画の舞台となった街に限らず、多くの崩れ去った街、散り散りになっていった人々の痛みを包含しつつ、「人の尊厳とは何か」を力の限り描いた作品であったことが伝わってくる。




PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ブラス!
  4. 『ブラス!』ピート・ポスルスウェイトの歴史的な名演が現代に訴えかけてくるもの